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【Web連載】


認知症とともに、よりよく生きる   1

〜しのぶさんの場合〜


水谷佳子


 しのぶさんと初めて会ったのは、「くらしの研究会」(注1)でした。診断されて数か月目のしのぶさんは、この日、初めて「認知症と診断されたほかの人」と出会い、話したそうです。帰り際、しのぶさんは言いました。

 「本当に明るく、皆さん、受け止めて下さった。元通りになった感じ」
 
 くらしの研究会の中では、さほど口を開かなかったしのぶさんが、なぜそんな風に思ったのだろう。しのぶさんの話を聞きたくて、後日、改めてしのぶさんとお会いしました。

* * *

しのぶさん:
    私、初めてだったんです。
    ああいう会に出たのも初めてなんだけど、
    ああいう風に、参加した会に影響されたのも初めて。

    ああ、自分も大丈夫かなぁと思えたんですね。
    元通りになった感じ。
    元通りといっても、頭の中のこと、
    頭の回転はどうだか分からないけど…。
    そういうことじゃなくて、
    自分自身でご飯ちゃんとつくろうとか、
    お掃除しようとか、
    日常のことをテキパキとやろうとか。
    そういう部分で「ああ、元通りになれるなぁ」と思ったんです。

■「喜びがなくなったし、楽しめなくなった」

──なぜ、「元通りになれる」って思えたのでしょう?

しのぶさん:
    土曜日の会以来、気が楽になったんですよ。
    それまでは、ちょっと隠したいというか、
    恥ずかしいっていうか、
    周りの人にどう思われるだろうと気になったんです。

    たとえば、目に見えるものが悪くなるんだったら、
    周囲の人が察してくれるからいいけど…
    とんちんかんなこと、しちゃったりしたら、
    まずビックリされるでしょう。
    迷惑かけたり、気を遣わせるみたいなこともあるでしょう。
    そういうのは嫌だなっていうのがあったんですけど
    楽になりました。

しのぶさん:
    自分が(認知症に)なって、
    それこそ道に迷ったり、忘れたり…
    知能が低くなってるなぁと思って…。
    新しい本を読んだときに、頭に入らないんです。
    何度読んでも頭に入らないんです。

    そういうのを意識した時に、
    やっぱり自分としては、がっくりきたんですよね。
    ああ、自分は(認知症に)なったんだなぁっていうか、
    ああ、もう、色んなことができなくなるのかなぁみたいな。

    だから、そういえば
    楽しいことを考えるということができなかったですね。

    前は、たとえばお料理なんかでも、
    「ああ、あれつくろう」
    「今日は、あれつくりたい」というのが喜びだったんですね。
    だけど、そういう喜びがなくなった。

    むしろ、「あれ食べたい」と子どもたちに言われることが
    苦痛になった。
    喜びがなくなったし、楽しめなくなった。

    子どもたちも夫も、黙って…
    会話がないってことじゃなくて
    不味いなんてことは言わずに食べてるから
    実際どう感じているのかは分からないですけど
    私は不味くなったと、思うんですよ、自分で。

    自分が…
    食欲がないのか、味が分からなくなってるのか、
    よく分からないんですけど
    あんまり上手じゃなくなった気がするんですよ。

    手仕事も好きで、よくやってたんですけど
    ピシッとできなくなったと感じるんです。

    何というのかなぁ。
    エネルギーが足りてないのか、能力のせいなのか…
    本当のところはわからないんですけど。

    色んなこと考えると尽きないんですよ。
    結局、何もしてないんですよ、ここ何日間。
    考えることしかしてない。

    ずっと、こうやって考えて、
    傍から見たら、ぼーっとしているようだけど
    頭の中では、ああだなこうだなと考えているんです。
    でも、頭の中ではそうやって活動していても
    意欲的に、動作することはなかったんです。
    掃除しようともしなかった。
    お洗濯も、あまりしてないですね。
    毎日してたことなのに。
    そういう、ちょっとした、普段のことをするにも
    意欲が持てない、しなくちゃって思えなかった。

しのぶさん:
    テレビで認知症のことやってても、ぴたっとくる話ってないでしょう。
    この間の集まりは、そうじゃなくて、
    実地で、こう…
    生きている、戦っている現場の人だからこその話だったんです。
    私、運が良かったと思いました。
    本当にね、タイムリーでね。
    だから、落ち込んでいる時期がすこし少なくて済んだと思うんです。

■「ちゃんと調べてもらわないといけないな」

──最初、クリニックに来るときに、抵抗なかったですか?

しのぶさん:
    もともと偏頭痛があって…結婚してすぐくらいの頃から。
    もう割れるみたいなね。
    病院にももちろん行ってね、
    でも、先生も分からない、脳波調べても分からない。
    どんな薬飲んでも、完全には治らなくって。

    長年、頭痛薬飲んでたから
    何か起きるかなと思っていたんですよ、歳取った頃にね。
    このボケもそうなのではないか、とも思ったんです。

    物覚えもね、すごく昔から悪かったの。
    人の名前を覚えるとかね。
    どっちかっていうと、
    ふんふんと聞いているようで
    実はあんまり聞いてない(笑)。
    だけど、もう本当に、だんだん覚えられなくなってきて。

    ただ、物覚えだけじゃなくて、
    こんな異常な…その何ていうか、
    多分認知症ってこういうことなのかなぁと。
    忘れるということが、異常な…ね。

    たとえば主人が10分くらい前に
    「今日は何々を食べたいね」なんて言うでしょ。
    「あっ、そう」と返事して、そのままでいると
    もう、「何て言ったかな?」という感じ。

──忘れるというより、覚えてないという?

しのぶさん:
    そうそうそう。
    何時に集まるとか、場所とか、すぐに書かないと。
    異常なくらいにね。

    そうはいっても、書くというのも限度があるんですよね。
    人の前でね、こう、聞きながら書かないといけない。
    書くの遅いしね。
    だからねぇ、どうしたらいいのかと絶望してたんですよ。

    自分としては、やっぱり始まっているとは思っていたんです。
    ただ、日常生活では、
    気をつけていれば、昔からしてきたことはできるので
    まぁまぁ、何とかなってはいたんですけど。
    ただ、不安は不安…このままねぇ、どうなるのか。

──それで、クリニックに?

しのぶさん:
    その…ハッキリ分かるだろうと。
    すごく不安感があったから、
    ちゃんと調べてもらわないといけないなと思ってました。
    嫌だとか、そういうのじゃなくて「これで、分かるんだ」というかね。

──やっぱり、どうなんだろうと思っているよりは…

しのぶさん:
    そうそうそう、そうなんですよね
    まずは、自分で分かるうちにというか。
    「ああ、なったんだ」というね…ハッキリと。
    ただ、この先、どうなるかはよく分からないですけどね…。

■「直下型みたいなね、落ちたって気がしました」

──ハッキリはしたけど、がっくりきた…

しのぶさん:
    私、あんまり、自分で思ったことなかったんですけど、
    いわゆる、偏見とかって…
    でもやっぱり、そういえば、テレビ見ると、
    食事を食べさせてもらってるのに嫌だ嫌だなんて言ったり、
    人にお茶かけちゃったりね。
    介護の人が、朝起きてすぐに、何十人もお年寄りのオムツを取り替えたり。
    そういうイメージっていうのはありましたね。

    ただ、親せきや知り合いがっていうのがなかったから
    テレビ見ていても、自分にとって、遠い話ですからね。
    嫌だとか悲しいとか悪いイメージっていうか
    そういうのは、そんなに無かったんですけどね。

    こうして、自分がなった時に、あらためて…
    そういうことって、あるんだろうなぁ。
    現実に近いことなんだなぁって。
    自分が、これから…とテンション下がりました。
    直下型みたいなね、落ちたって気がしましたね。

──「下がる」んじゃなくて、「落ちた」

しのぶさん:
    そう、落ちたんです、本当に心が。

    この頃何かおかしいなっていうのはありました。
    何着ても、似あわない。
    けど、それも、しょうがないな。
    ああ、自分も歳取ったなぁと諦めてたくらいだったんです。
    でも、やっぱりそれだけじゃない。
    確かに、テレビ見ても、あんまり筋が分からない時があったり。

    自分が意識するっていうのは、相当なことなんです。
    血が出るとか、顔が歪むとか
    そういうふうに、目に見えるわけじゃないですからね。

    本当に、夜の闇みたいにね、繭の中に、籠った感じ。
    外が真っ暗でね。
    でも、出ないわけにいかない。
    ずっと繭の中にいられるなら、いたいけど
    出られるだろうかと、そういう感じでね。

■「生きてるんだから」

──今は、ちょっと出られた感じですか?

しのぶさん:
    そうそうそう。
    何度も言うようだけど、土曜日のあれ以来ね。

    やっぱり、忘れるっていうのはすごい恐怖感がある。
    何かが、壊れていく感じがするのよね。
    でも、この間、ここに伺った時に、少し光があったと思うんです。
    あの方たちを見て…
    「何が」って、言葉ではうまく言えないんですけど
    本当に、皆さん生き生き、笑ってらしたから。
    本当に、こういう風にできる。
    こういう風に生きていけるんだなぁと思ってね。
    皆さん普通に…とても力強く生きていらっしゃる感じでしょ。
    自分が、落ち込んでるだなんて、わがままだなって思いました。

    自分で、ダメだダメだと思ってしまうのではなくて
    出来ることをやるっていうのが使命。
    生きてるんだから。

    変な話、こういう風(認知症)になって、
    死ぬ方もいると思うんです。
    怖くなってね。
    自分も…そこまでは思わないけど、
    やっぱり、そういう風に、たそがれた部分があったんですよ。
    でも、ああやって生き生きしてる人たちがいて。

    生きてる限り、生きていくっていうか。
    能力は落ちていくかもしれないけど、
    その能力も、もしかして磨けばもうちょっと光るかなと
    思ったんですよ。
    そういう風に、ハッと思って、生き生きと帰りました。

■「生きていっても、いいかな」

──あの人たちと出会ったことで、生きる力みたいなエネルギーが…

しのぶさん:
    そうなんですよ、
    失礼な言い方ですけど、今まで
    そういう(認知症と診断された)方と接したことなかったわけですよ。
    全然、会ったことない。
    道を歩いてないのかしら?
    そんなこと、ありっこないですもんね。

──ありっこない(笑)。だって、この間の人たちと道ですれ違っても、認知症かどうかなんて分からないですもん。

しのぶさん:
    そうですよね。
    絶対に分からない。

──出会わなければ、分からないですよね。

しのぶさん:
    誰もいないですもん、周りに。
    というか、いても、絶対に分からないですよね。

    それに、こういうことって体験談も聞きにくいでしょ。
    例えばここで、こうして隣に座ったとしても聞きにくいですよ。
    だからああいう場で、本当に皆さんが自分から話されてたから、
    とってもいい雰囲気で…
    心を開かせて下さったんだと思うんですよ。
    ありがたいなと、本当にそう思いましたよ。

    特に…女性がいらしてね、
    最初はちょっと固い顔してらしたけど
    すぐにほぐれて、いいお話されて。
    お人柄がね、明るくて。
    人のためにも、何か活動してらっしゃると聞いて。

    お隣りの男の方も、一生懸命運動したり植物育てたり
    とにかく忙しくされているって仰ってて。
    いじらしい、みたいなね。
    そういう風に…
    「生きていくんだから踏ん張る」
    「頑張ることも必要」だと感じたんです。

    暗くなって、自分を憐れんでてもね…
    何も生まれない。

    憐れんじゃいけないっていうか…
    「可哀想に、病気だから」って。
    それよりも、自分にとって残ったもの、
    大切にしたいものをもって、
    頑張って生きるってことなのかな。
    自分が生きようと生きれば、
    何かご褒美もらえるんじゃないかって。

    こっちの方もね、失礼だけど、何回も
    「蓼科に行く」ってお話されてたけど
    でも、とっても、ほほえましくって…
    あの方のお人柄っていうのがね、素敵だった。
    一生懸命、その話をしたかったんだと思うんですよね。
    だから、周りのみんなも、そういう風に受け取ってね。
    そんな風に、自分も、
    周りの人たちの気持ちに少し甘えるくらいで
    生きていってもいいかな、と
    あの時は思ったんですよね。

    こうやって、頭が、色んなことを感じられる時間を持てたってこと。

    私ね、自分でそれが分かった時(認知症だと診断された時)
    さっきも言ったけど、暗闇に入っちゃったようでね。
    頭が何も働かなくて。
    自分で自分の人生が変わると思ったんですよ。
    特に…自分のしたいこと、喜びみたいなものが

    失われてしまうと思ったんです。
    それが…あの時に、ぱぁっと…
    ぱぁっと、いいもの見させて、聴かせてもらって嬉しかったです。

* * *

 しのぶさんと私は、それぞれお茶とコーヒーをおかわりして話し続けました。「1年分くらい話しちゃった気がします」と笑いながらしのぶさんが席を立って、別れ際。私は、しのぶさんと抱きあっていました。何故って、自然に、そうしたくなったのです。そんな気持ちになった、しのぶさんのお話の続きは、また改めてご紹介します。

(注1)「くらしの研究会」
 のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)で月に1回、不定期に開催。認知症がある人だけが集まって話し合う。その時々の参加した人の気分と雰囲気で話題もさまざま。

─────────────────────

*水谷佳子(みずたに・よしこ)さんは、
 のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)の看護師。
 1969年東京都北区生まれ、コンピュータプログラマー、トレーラードライバーなどを経て、2005年に医療法人社団こだま会こだまクリニック入職、2012年からNPO法人認知症当事者の会事務局、2015年にのぞみメモリークリニックに入職されました。
 認知症がある人・ない人がともに「認知症の生きづらさと工夫」を知り、認知症と、どう生きていくかを話し合う「くらしの教室」を開催。「認知症当事者の意見発信の支援」を通じて、「認知症とともに、よりよく生きる」人たちの日々を講演等で伝えながら、「3つの会@web(http://www.3tsu.jp/)」という認知症の人が情報交換出来るウェブサイトの管理運営の支援もされています。

 以下は、このweb連載をはじめるにあたっての、水谷さんからのメッセージです。

認知症に関連する仕事をするようになって、
認知症の生きづらさ、認知症をとりまく様々なこと、
認知症とともに生きることを考えるようになりました。
答えのない問いや悩みの中で希望を探すうち
「認知症を考えることは、自分の生き方を考えることだ」と
思うようになりました。
認知症をきっかけに、「よりよく生きる」ことを一緒に考えていきませんか?


【連載は隔月に1度、偶数月中旬の更新を予定しています】