出口泰靖
第13回
「ナンバ」歩きでナンバしよっと? の巻
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(1)ウォーキングの歩きと、〝ウッホッホッ〟の歩き
「またぁ。ゴリラ歩きしてるぅ」。
妻といっしょに道を歩いていると、彼女からいつものように言われるコトバが、上のコトバである。どうも、わたしは、人とは異なる歩き方をしてしまっているようだ。
「ようだ」と言っておきながら、その妻から言われる「ゴリラ歩き」に自覚がまったくないわけではない。この「〝ウッホッホッ〟のゴリラ歩き」というのは、わたし自身が「ナンバ」歩きという歩き方を身につけようとしてきた〝結果〟でもあるからだ。
わたしは、「ナンバ」という歩き方に気にかけながら歩いているうち、その歩き方がふだんからクセになってしまっている。妻からしてみると、「ウッホッホッ」と言いながら、「ゴリラ」のように歩いているようにしか見えないらしい(イラストその1のように)。
この「〝ウッホッホッ〟のゴリラ歩き」、ならぬ「ナンバ」という歩き方は、昨今老若男女に流行っている「ウォーキング」なるものの歩き方とは、まったく異なっている。
まず、「ウォーキング」などの現代風の歩きについて、民族舞踊を実践し研究している中川さんは、以下のように説明している(中川 2004)。
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現代歩行は、靴を履いての歩行であることを前提としている。そのために、つま先のケリによる推進と踵着地が特徴と言える。また、前に出ている足と反対側の腕が前に振られるので、骨盤と両肩をはさんで胴体の捻れ状態が生まれる。頭頂から下方への中心軸を基盤としての回転運動が起こる。
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現代社会で言われている「正しい」歩き方、とくにスポーツの一つとして現代社会の多くの人たちになじみがある「ウォーキング」の歩き方というのは、「背筋をのばして、腕を左右交互にふり、ヒザをのばして、つま先を上げて、かかとから着地する」といったような歩き方であろう(イラストその2のように)。
ウォーキングの歩き方のみならず、現代人の多くの人たちは、腕を交互に振って、かかとから地面に着地し、つま先で蹴るようにして進むような「かかと着地」「かかと接地」の歩き方が一般的のようだ。
(2)「正しい」歩き方は、股関節や腰を痛めやすいし、疲れやすい!?
だが、岡田慎一郎さんによれば、現代人のわたしたちが〝あたりまえ〟のように思い込んでいる「正しい歩き方(かかと接地)」というのは、足腰やひざへの負担が大きいという(岡田 2013)。そのうえ、「かかと接地」によってかかと(踵)や股関節に衝撃をあたえてしまい、痛めやすいという(中島 2014)。さらに、腰も左右交互にひねることになり、腰痛の原因ともなるという(岡田 2013)。
わたしが、現代人の「正しい歩き方(かかと接地)」をやめて、「ナンバ」で歩くことをためしてみようと思い立ったのも、以前この連載でもお話ししたように、武術の稽古で回し蹴りの際にヘンなまわしかたをして股関節を痛めて以来、股関節の痛みに悩まされていたり、その股関節痛からくるような腰の痛みにも悩まされたことがきっかけの一つとなっている。
また、この「ウォーキング」の歩き方で推奨されているような「かかと接地」の歩き方について、中島章夫さんは以下のように述べている。
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近年はウォーキングに対する関心が深まり、健康を考えて、積極的に歩くことを実践する人が増えてきました。(中略)私の教室に来る方々に聞いても、「歩く時、最初に地面につくのはかかと。それから親指で地面を強く蹴る」という答えが多いのです。その知識はどこから得たのかと聞くと、テレビや雑誌、書籍、靴屋さんの店頭、ウォーキングの教室などさまですが、とにかく接地はかかとから、という話になっているのです。(略)そもそも地面に接地するときも、かかとを最初につけるというのは、かかとにとっても衝撃が強すぎて、大きなストレスです。たとえば、素足になって、かかとから地面に着地してみてください。おそらく痛くて何度も続けられないでしょう。元来、かかとの角を硬い面に当てるというのは、肘で歩くようなものでとても不自然なことです。かかとの骨があるだけですから、一足ごとに接地の衝撃が強くくるのです。(中島 2014: 65-67頁より)
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さらにいえば、この「かかと接地」の歩き方は、疲れやすい歩き方でもあるらしい。ハイキングに出かけたり、大災害などで交通機関がマヒしたりして、遠い距離を歩かなければならないような場合、じきに疲れてしまうという(岡田 2013)。そう言われてみれば、山登りや長い階段を上がらなければならないときなど、日頃の運動で疲れたときには、おのずから「ナンバ」になっているような気がする。
そこで、からだを痛めにくい、疲れにくい歩き方としておすすめなのが、ボディふぃ~るだーでぐちが〈身遣い〉としてためしてきた「〝ウッホッホッ〟のゴリラ歩き」、またの名を「ナンバ」歩きなのだー。
(3)「ナンバ」歩きって、ナンダ?(その1)~腕をふらずに、腰や上半身はひねらず、ねじらずに歩く
それでは、「ナンバ」と呼ばれる歩き方についてであるが、古の多くの日本人がしていたとされる歩き方だといわれている。この「ナンバ」の歩きをどのようにとらえるかについては、諸説ある(野村 1996、中川 2004,松浪 2012、など)。
民族舞踊研究者の中川さんは、「ナンバ」について、以下のように説明している。
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現代歩行がつま先の蹴り、つまり筋力を使った推進力であるのに対し、「ナンバ歩行」は重力を活用した歩行であることが特徴である。また、靴ではなく足半、草履を履いての歩行であることから、着地は足底前方からの摺り足による推進である。重力にできるだけ逆らわず、逆にその重力を推進力として使うためにやや前傾姿勢となり、上半身の緊張を緩めた状態となる。また、軸を中心とした回転運動ではないので、捻れはおこらない。しかし、身体のぶれを熾さないために身体の中心を丹田におく。
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「ナンバ」歩きをイラストで描けば、イラストその3のような歩きとなるであろうか(注1)。まずここでは、「腕を大きく振らず、腰をひねらずに歩く」ということを肝にしておきたい。
まず肝の一つとして、日本で古の人たちがやっていたとされる「ナンバ」歩きというのは、「腕を大きく振らない」といわれている。「ウォーキング」をする現代人だと、腕を大きく振った方が歩くのに適していると思い込み、信じ込んでいる。だが、「ナンバ」の歩きでは、腕は「脚の動きにそえる程度」である(中川 2004、岡田 2013)という。
そして「ナンバ」歩きの肝としては、腰も左右交互にひねらずに歩き、ひいては上半身をねじって歩いたりしないことがある。そのような歩き方をすると、呼吸も楽におこなえるという(岡田 2015)。
(4)「ナンバ」歩きって、ナンダ?(その2)~地面を蹴らず、踏みしめず、踏み込まず、ふんわりと歩く
またもう一つの肝として、足の動きは、というと、現代人のようにかかとから地面に着地するような「かかと接地」で歩くのではなく、足の裏で、ふんわりと地面に接するように歩く。そのため、下半身にかかる衝撃はわずかなうえ、長距離でも疲れにくいといわれている。
岡田さんによれば、「ナンバ」は「地面を蹴らず、踏みしめず、踏み込まず、ふんわりと」歩くという。「かかとから着いて、つま先で蹴る」という歩き方は、かかとやつま先に体重と衝撃が集中してしまうという。その結果、負担もかかり疲れやすくなるという(岡田 2015)。「ナンバ」で歩くと、ドスドスと音を立てて踏みしめて歩かず、ふんわり歩くことができる。そのため、カラダの局所に負担がかからず、全身が連動して使えてくるという。全身が使えれば、疲れにくく歩け、運動量も無理なく増やせるようになるという。
(5)「ナンバ」歩きって、ナンダ?(その3)~「右手右足、左手左足を同時に出す」歩きではない!!
ところで、「ナンバ」というと、イラストその4のように、「右手右足、左手左足を同時に出す」動きと思い込んでいる人が少なくない。
「ナンバ」について少し知っている人がいると、「あー、『ナンバ』ね。知ってる、知ってる。それって、右手が出るときに同時に右足も出て、反対に左手が出れば左足が同時に出るような動きだよねー」と言うかもしれない。このような「右手右足、左手左足を同時に出す」動きを、「ナンバ」と言われてしまっているふしもあるようだ。
だが、「ナンバ」といわれる動きというのは、そもそも「右手と右足を一緒に出す」ような歩き方ではない、という。とても細かい話かもしれないが、「ナンバ」は「右手ではなく、右半身(右腰・右肩)が右足と同時に出る動作」であるという。なおかつ大事なこととしては歩く際には〝腰をねじらない〟し、〝からだをひねらない〟。そして、〝腰から下で歩く〟という動きであるという。
そもそも「ナンバ」というのは、右足と右腕をそろえて前に出したいわゆる「半身の構え」のことであるという。たとえて言えば、お百姓さんが鋤(すき)や鍬(くわ)を手にして、畑をエッチラオッチラと耕す姿勢だ、と言えばわかりやすいかと思う。
あと、「月が~出た出た~」の「炭坑節」の踊りや盆踊り、阿波踊りなども、 右足が出れば右手右腕右半身(右腰・右肩)も同時に前に出る「ナンバ」の動きであろう。ある意味で「ナンバ」は、日本の昔からある芸能の基本姿勢でもあるのではないだろうか。
「ナンバ」歩きというのは、もともと、腰の部分を帯でしめる昔の日本の服飾習慣がもたらしたものという考えもあるそうだ。ためしに着物を着てみると、腕を大きく振る歩き方では腰がひねられてしまうことによって、すぐに前がはだけてしまい、着崩れてしまうことになる。
(6)レッツ、ぼでぃふぃ~る!ナンバ歩き~階段の上り下りで「ナンバ」
それでは、「ナンバ」歩きを実感しやすいような〈身遣い〉をボディふぃ~るしてみたい。
岡田さんは、イラストその5のように、「ナンバ」の〈身遣い〉を応用しているような感じで、「小指巻き込み歩き」で階段を上がることをおすすめしている(岡田 2015)。
岡田さんによれば、腕は左右交互にふることなく、イラストその6のように、小指を手元でクルッと手のひらの内側のほうに巻き込むような感じの身ぶりをするのと同時に、脚をあげて階段をのぼってゆくのだという(岡田 2015)。
この「小指巻き込み」であるが、岡田さんによると、手の小指を自分のほうに巻き込むようにしながら、同じ側のひざを上げてゆくとよいという。とくに、リラックスしているカラダの状態だと、自然と小指の動きに引かれるようにしてヒザが連動してゆくようなボディふぃ~るがえられる。岡田さん曰く、「小指とヒザに糸がついていて、いっしょに動くイメージ」だという(岡田 2015)。
(7)レッツ、ぼでぃふぃ~る!ナンバ歩き~床をパンチしながら「ナンバ」歩き(走り)
さらにもう一つ、「ナンバ」歩きを実感しやすいような〈身遣い〉をボディふぃ~るしてみたい。
これもまた岡田さんがおすすめしている〈身遣い〉であるのだが、イラストその7のように、「同じ側の手と足を同時に床をパンチするように」歩くとよいという。さらにいえば、この〈身遣い〉では、歩くだけではなく走ることもおすすめしている(いわゆる「ナンバ」走り)。
岡田さん曰く、ちょうど、ゴリラが歩き、走る姿をイメージすると良いかもしれない、と言っている(まさに、イラストその1の「ウッホッホのゴリラ歩き」?!)。
(8)「ナンバ」という〈身遣い〉で、ナイナイづくしのボディふぃ~る!
前述したように、「ナンバ」という歩きは、そもそも古の多くの日本人の歩き方であったのかどうか、などなど、その真相を究明する論考が以前からいろいろ出されている(松浪 2012など)。
ボディふぃ~るだー!でぐちとしては、それよりむしろ、床や地面での歩きや、階段での歩きなど、日常の暮らしのなかで、地面を「けらない」「ふみしめない」「ふみ込まない」、からだを「ねじらない」「ひねらない」といった「ナイナイづくし」の〈身遣い〉をする「ナンバ」の歩きを実際に自らのからだでボディふぃ~るしながら吟味してみたい。
そして、はたして「ナンバ」の歩きをすることで、からだを「いためない」のか?からだが「つかれない」のか?からだを「きたえない」でも年をとっても歩きはスムーズにおこなえるのか?といったように、これまた「ナイナイづくし」のからだでいられるのか、ボディふぃ~るしてゆこうと思う、そんなボディふぃ~るだー!なのであった。
んでもって妻からはまた「ゴリラ歩きしてるぅ」と、あきれられる顔をされるんだろうなあ、と思いつつも、連載はまだ歩みをとめずにもう少し続くのであった。
【注】
(1)イラストその2、イラストその3、イラストその4は、中川さんの論考(中川 2004)に載っている図絵を参考に私なりに描いてみている。その5とその6、その7については、岡田さんの本(岡田 2015)に載っているイラストを参考に私なりに描いてみた。
【参考文献、引用文献】
松浪稔(2012)「日本人は『ナンバ』で歩いたのか?」『スポートロジイ』創刊号、 21世紀スポーツ文化研究所、みやび出版、120-147頁
中川広毅(2004)「『命を感じ、生きる』身体を取り戻す 民族舞踊に残る『ナンバ』に学ぶ」『「ナンバ歩き」で驚異のカラダ革命』立風書房、52-55頁
野村雅一(1996)『身ぶりとしぐさの人類学』中公新書
岡田慎一郎(2013)『あたりまえのカラダ(よりみちパン! セ)』イースト・プレス
岡田慎一郎(2015)『体の使い方を変えればこんなに疲れない! 体力&筋力がなくても大丈夫!!』SHC
説明しよう。「ボディふぃ~るだー!でぐち」は、自らの身をもってからだを動かし、自らのからだで得られた感触をことばやイラストで描こうとするフィールドワーカーである。「ボディふぃ~るだー!でぐち」がホソボソと活動して、はや20年。一時期その名を封印し、数年前までひっそりとなりをひそめていた。だが、昨今の「鍛える身体」「気張る身体」としての身体観にとらわれた「筋力増強至上主義」的な筋トレブームにモヤモヤしたものを感じはじめた。そこで、あらためて再び密かに「ボディふぃ~るだー!でぐち2号」を名乗り、「からだのはたらかせ方」に気にかける〈身遣い〉のフィールドワークをはじめることとあいなった。「鍛える身体」「気張る身体」としての身体観とは異なる、「気にかける身体」「ゆるま~る身体」としての身体観にもとづいた〈身遣い〉を、さまざまな身体術の達人から学びながらボディふぃ~るし、シノゴノと感じ考えたことをツラツラとことばやイラストで描いてゆきたい。
(「ボデイふぃ~るだー!でぐち」の本名は、出口泰靖。世を忍ぶ仮の姿は千葉大学文学部教員。専攻は社会学。著書に『あなたを「認知症」と呼ぶ前に』〔生活書院〕など)
*この連載は偶数月の月末にアップいたします。