結論から言えば、日本のドラッグ問題は深刻である。
しかし、その深刻な状況は、法的秩序が関知しない地帯で生じている。
ドラッグと刑罰なき統制
不可視化する犯罪の社会学
結論から言えば、日本のドラッグ問題は深刻である。しかし、その深刻な状況は、法的秩序が関知しない地帯で生じている。
逮捕・拘禁しないままに、彼らの《生》を実在未満の存在として生きるままにしておく地帯が――おそらく相当おびただしく――存在する。ドラッグを使う本人が加害者であり、被害者でもあり、その行為を希望する人間でもある場合、被害者という立場のみを強調することはできない。しかし、ドラッグによって「被害者」となるのは、ドラッグを使う本人だけではない。使用者本人ではないにも関わらず、生きづらさの重圧に巻き込まれる当事者が隠されている。それは犯罪者の「家族」、ドラッグ使用者の「家族」である。そうした人びとの問題を明るみに手繰り寄せていくことが、ドラッグ問題の構造的ひずみを解き明かす鍵となるはずである。
【目次】
序章
問題の在り処について
本書の構成
第1部 諸外国と日本
第1章 米国のドラッグ政策──ドラッグ・アディクションからの「回復」をめぐる治療プログラムの版図から
1 はじめに
2 「回復」をめぐる観念について
3 12ステップとオルタナティヴ・リカバリー
3-1 12ステップ
3-2 オルタナティヴ・リカバリー
4 12ステップとオルタナティヴ・リカバリーの対立点
5 ドラッグ・コートにみる治療プログラムの版図について
6 おわりに
第2章 ドラッグ使用者を「数え上げ」、「飼いならす」ドラッグ政策──ハーム・リダクション政策の権力構造について
1 はじめに
2 ハーム・リダクション政策におけるドラッグ使用者の主体像について
3 ハーム・リダクション政策の成立経緯
4 ハーム・リダクション政策の主要戦略
4-1 注射針交換プログラム
4-2 メサドン療法
4-3 ヘロイン処方
4-4 薬物消費施設
5 ハーム・リダクション政策における権力構造
6 ドラッグ使用者を大量に〈数え上げ〉るということ
6-1 〈数え上げ〉のテクノロジー
6-2 ドラッグ使用者の「絞り込み」
6-3 自発性にもとづく「誘い込み」
6-4 秩序の先取り
7 「関係性」という新たな「危険」
8 おわりに
第3章 日本のドラッグ政策と刑罰なき犯罪統制
1 はじめに
2 従来のドラッグ問題の言説
3 日本のドラッグ問題の歴史と現状
3-1 第一次流行期
3-2 第二次流行期
3-3 第三次流行期
4 世界49ヵ国の薬物事犯受刑者数の動向
4-1 薬物事犯の受刑者数(実数)
4-2 薬物事犯の受刑者数(人口比)
4-3 受刑者総数と薬物事犯受刑者数の横断比較
5 国際比較にまつわる誤謬
6 ドラッグ使用者を不可視化するテクノロジー
7 〈閾下〉のテクノロジーについて
8 おわりに
第4章 被害者化する社会
1 はじめに
2 言語を通じた社会秩序の構図
3 被害者化する社会と犠牲に供する人びと
4 棄民政策としてのドラッグ政策
5 おわりに──「家族」という犠牲者化困難な存在について
第2部 ドラッグ問題と私的領域
第5章 私的領域における合理的な管理/統制の不可能性と「ドラッグ・アディクト」の構成
1 はじめに
2 公的領域を侵食する〈身体=アディクト〉──西欧・米国社会の情勢
2-1 ドラッグなき社会を志向する米国社会の試みと挫折
2-2 人工的に「危険」をつくり出すドラッグ政策とリスク社会
3 私的領域に埋めこまれた日本のドラッグ問題
3-1 織りなされる〈身体=アディクト〉と関係する〈身体=家族〉のリアリティ
3-2 Aさんの出会いと調査に至るまでの経緯
4 親から犯罪者の「親」になること
5 「他者」への信頼の欠如と内閉化へ向かう問題
6 私的領域に対する遠隔統治──「危険」の先取り
7 公的領域に生きる夫と私的領域に生きる妻との葛藤
8 おわりに
第6章 わが子をドラッグ使用者として語り続けることへの逡巡
1 はじめに
2 日常生活に潜在する言語/言説の問題性
3 公的な言葉への囚われとわが子への中傷/侮蔑
4 収奪される言葉の回復と「病者」の言葉
5 わが子を「病者」として語り続けることへの逡巡
6 おわりに
第7章 「親」たちの〈抗い〉とその難しさについて
1 はじめに
2 「病者」の言葉への〈抗い〉
3 わが子に対する「突き放し」と「親」による「立ち去り」
3-1 わが子への「突き放し」
3-2 「親」による「立ち去り」
4 おわりに
終章
「排除」や「包摂」から締め出される人びとの地帯へ
補遺:調査の概要
あとがき
文献