認知症とともに、よりよく生きる 17
〜結子さんの場合〜


 



水谷佳子




結子さんは柔らかな物腰と、たおやかな声、シャーベットカラーのニットがよく似合う人です。一見、控えめな印象だけどその実アクティブで、日課は駅前の女性専用ジムで汗を流すこと。市内どこでも愛車(自転車)でスイスイ、少々の雨でもカッパをさっと羽織って颯爽としています。「昔っから自転車でどこでも行ってたから」という結子さん。介護保険制度ができる前から訪問ヘルパーをしたり、数年前までデイサービスで働きながら、いろんな人の暮らしの手助けに携わってこられました。

* * * * *

わたし:
 お仕事でね、長いことデイサービスで働いてこられて、
 介護保険サービスのことも色々ご存知じゃないですか。
 結子さん自身、いまは、サービスの対象外だけど
 もし使うとなったら……
 実際使いたいって思うサービスってあります?

結子さん:
 ああ、……受けるほうの?
 そうね、実際見てきた人なんかは、家族の方がいて
 静かに生活してる人たちがほとんどで……
 お家にいられる方となると、そうなるんでしょうかね。

わたし:
 仕事でお会いしてきた人たちのイメージですかねぇ。

結子さん:
 そうですねぇ。
 だから、ここ(注:くらしの研究会)でお会いした人たちは
 皆さん、あんなにも生き生きと……
 そういう方もいるんだ、ってね。
 一人暮らしの方もね、ほんと、皆さん、
 普通っていうか、いつもの生活で……
 やっぱり、家が一番なのかなと思いましたね。

わたし:
 結子さん自身は?

結子さん:
 ああ、そうですね、
 ほかに行くっていうと、お金もかかるでしょう?
 施設は、とてもとても自分の年金だけでは
 ちょっと納められないっていうか……ですよね。

わたし:
 ああ〜、確かに
 暮らしていくにはお金が……

結子さん:
 そうなんですよね、
 だから、この先どうなっていくのかっていうのがね。
 どう考えたらいいんだろうって思いますね。

わたし:
 そういう話って、
 ご主人とは、されないんですか。

結子さん:
 しないですねぇ(笑)
 ただ、昔、まだ病気がどうのっていう前に、
 田舎のほうで、そういう施設があるじゃないですか。
 そこだったら安いかなとかって。

わたし:
 あ、そういう話題も?
 具体的に調べたりもされたんですか?

結子さん:
 いえ、いえ、そういう感じじゃなくて
 主人と車で実家の方に行ったりしたときに
 ほら、病院と一緒に施設があったりするじゃないですか。
 田舎の安いところで済めば……なんて話をね。
 とても東京じゃ……高いですもんね。

わたし:
 ああ〜、ほんと場所によって全然違いますよね。

結子さん:
 ねえ……そうね、だから、
 介護サービスとか言っても
 お金が続くかどうかっていうのが……そこがね。
 自分の年金だけじゃ、とてもとても。

わたし:
 たしかに、いくらサービスがあっても、
 使えるか使えないかっていうことにもなりますよね。

結子さん:
 家族の生活を犠牲にしてまではね。
 お金のことで、私ひとりだけのためにっていうのは。
 私、人のお金使うのは嫌いなんですよ。
 主人のお金も、私は使わないの。

わたし:
 あっ、ご主人とお財布が別なんですか?

結子さん:
 そうですね。
 食費は少し入れてもらったりして、
 (同居してる)息子にも少しもらったりしてますけど
 お小遣いをもらって、ということはないですね。
 自分がちょっと出かけたり、駅前のジムに行ったり
 そういうのは、自分のお金でやってますから。

わたし:
 素敵なやり方ですね〜

結子さん:
 いえ、いえ、いえ。
 それはもう、昔っからですから。
 主人も、定年してからもアルバイト見つけて
 飲み代くらいは稼いでますし
 私も、2年前にこの病気って言われて
 責任ある仕事は辞めましたけど
 ちょっとした、お小遣い程度ですけど
 お手伝いは続けてますし。

わたし:
 結子さんがさっき言われてた
 「この先どうなっていくのか」って
 病気のことだけじゃなくて、
 お金もそうだし、住まい、暮らし……
 人生っていうか、人が生きていくってこと
 まるごと、なんですね。
 うーん……
 そんなことも含めて、ふだんね、何かの拍子に
 ぽろっと弱音を吐きたくなったりしないですか?

結子さん:
 ああ〜それはね、多分、言わないほうかな。
 昔から。
 あっ、主人には言いたいことは言うので。

わたし:
 へぇ〜そうなんですか!

結子さん:
 そうですね、隠しごとは何もないです。
 まあ、主人には文句ばっかり言ってますから(笑)
 それでストレス解消して、聞いてる主人が悪者で。
 いつもそういう感じですよね。

わたし:
 えーー!意外(笑)

結子さん:
 まあ、私は何でも言うみたいな感じで(笑)、
 ずうっと、もう、前からいっつもそういう人なので。

わたし:
 それは羨ましい(笑)

結子さん:
 だけど、やっぱり、この病気になってから、
 ちょっとは呆れられないないように……
 いろいろと、お世話にならなくちゃいけないもんで。

わたし:
 ちょっと引け目じゃないけど……

結子さん:
 ああ、そうですね、そういうのはちょっとはね。
 後はね、あんまり こう……
 関係がおかしくならなければいいなって。
 あまり負担かけちゃうと悪いから。

わたし:
 んーーー
 考えちゃいますよねぇ。

結子さん:
 それはね、やっぱりねぇ。
 ……
 それと、まぁ、どうしても……家族に話をしても、
 なんか、私の気持ちはよくわからないとか。

わたし:
 ああ〜、そういうのもありますよね。

結子さん:
 聞いてくれって言っても、何かあんまり……
 要は、あれですよ、
 本人もわからないしね、言ってもね。

わたし:
 聞いてはくれるけど、ピンとこないみたいな?

結子さん:
 「今、こんなふうで」っていうようなね、
 経験してる人の話を聞いたら
 「ああ、自分もそうなんです」とか言えそうで。
 やっぱり、そういうふうに、みんな思ったのか
 とか知れるといいですね。
 どういうふうにそれを乗り越えたかとか、
 どういうふうにして工夫しているかとか。

わたし:
 みたいな話をゆっくりできる機会があってもいい?
 この前の集まりみたいのとは別に、
 2〜3人で、話が合いそうな人と……

結子さん:
 そうですね。
 こういうふうにやってるよ、とかっていうね。

わたし:
 あっ!そういえば……
 70代前半の女性で
 自分自身、ちょっと気になって受診して……
 っていう人がいて。
 ご主人と二人暮らしで、家事をこなしつつ
 スポーツクラブに行かれてたりとか。

結子さん:
 へえ〜

わたし:
 で、そういう日常の中でもね、
 もともと地図読むのが苦手だったみたいで
 そういうの努力してこなかったから
 病気になっちゃったのかしらって
 ちょっと気になっちゃったりとか。

 ずっと前向きな時間ばっかりでもないけど、
 彼女なりの日々を、そうやって過ごしてる人で。
 ふだんの話とかお互いにできれば……

結子さん:
 そうですね、
 こんなことがあって、みたいなね。

 自分でもう、「他の人と違うんだ」って気持ちを
 日常、持ってしまってるじゃないですか。
 「気を付けなきゃ」って。
 それが、やっぱり辛いですよね。

わたし:
 ああ……
 結子さんは、そういうのって
 どういう時に感じます?

結子さん:
 今までお付き合いしてた人と会う時かな。

わたし:
 そうか。ちょっと

結子さん:
 遠慮しちゃう部分というか、ありますね。
 まぁ、話聞いてても楽しいですけどね。
 色々情報をもらえるしね。
 ただ、「じゃあ今度、どこそこ行こうよ」ってなると
 「行って疲れないかな」とか気になったりしますね。

わたし:
 前なら「じゃ、行こうかな」っていうのが
 今は、ちょっと躊躇しちゃう?

結子さん:
 近くのとこ、いつも行ってる範囲だったらいいけど、
 ちょっと遠くだったりすると
 「大丈夫かな」って、ふっと家に帰ってから考えたりね。

 ……疲れるんですよね。
 こないだ親戚の葬儀があって行ったけど、
 やっぱり疲れるんですよね、
 ふだん会わない人とか……。
 家に孫が来たりすると、可愛くて嬉しいんですけど、
 にぎやかで、動きが早いとかでも疲れますね。

わたし:
 ああ〜、出かけるのが疲れるっていうだけじゃない。

結子さん:
 家族でも疲れちゃうから。

わたし:
 気を遣うっていう感じですか?

結子さん:
 なんでしょうねぇ?
 肩甲骨の内側が疲れるみたいな。

わたし:
 チカラがずっと入ってたみたいな?

結子さん:
 そうですね、こう、固まっちゃうみたいにね。

わたし:
 そういう時の、リラックス法みたいなのとかって。

結子さん:
 それはもう、ジムで運動して!
 身体を動かすこと以外は何も考えないで
 「次は、こうやるんだっけな」なんて言いながら
 無心になってやってます。

わたし:
 ああ、無心になれる!
 そういえば、結子さんと同じようにね
 テニスやってる時は無心になれる、
 何も考えずに夢中になれるって言ってた人がいました!

結子さん:
 自分のために、ちょっと時間を使って……ね、
 そういうことがないとね。

わたし:
 そうですよね〜
 あの、さっきお話したスポーツクラブ行かれてる女性ね、
 結子さんと雰囲気とか話が合いそうかなって思うんですけど
 もし、よかったらお会いしてみます?

結子さん:
 そうですね。
 どんな気持ちで生活してらっしゃるか、というのはね
 聞いてみたいわ。

* * * * *

結子さんと手帳を確認しあって、わたしが電話したのは、15話・16話で紹介したミナミさんでした。1か月後の昼下がり、わたしたちは駅前の喫茶店で四方山話に花を咲かせていました。認知症の話なんてほとんど出てこなくて、わたしは内心「結子さん、聞きたいこと聞けてるのかな」と気にかかっていました。
店を出て、結子さんと歩いていたときのこと──結子さんがふっと、言ったんです。「とってもしっかりしてらっしゃる方ね」「前向きに暮らしてらっしゃるのね」。結子さんの横顔を見ながら、結子さんの心模様を考えているうちに駐輪場についていました。「今日は、このあと買い物して帰りますね〜」さっと片手をあげて微笑んだ結子さんは、人並みの中へ愛車を走らせていきました。

ここで紹介するお話は、「暮らしの中にあるひとりの人」の声をできるだけそのまま伝えることを目指しています。本人の言葉は極力編集していません。また、個人情報に配慮し、実名掲載の承諾を得られた人は実名で、それ以外の人については適宜改変した名前で掲載しています。

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*水谷佳子(みずたに・よしこ)さんは、
 のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)の看護師。
 1969年東京都北区生まれ、コンピュータプログラマー、トレーラードライバーなどを経て、2005年に医療法人社団こだま会こだまクリニック入職、2012年からNPO法人認知症当事者の会事務局、2015年にのぞみメモリークリニックに入職されました。
 認知症がある人・ない人がともに「認知症の生きづらさと工夫」を知り、認知症と、どう生きていくかを話し合う「くらしの教室」を開催。「認知症当事者の意見発信の支援」を通じて、「認知症とともに、よりよく生きる」人たちの日々を講演等で伝えながら、「3つの会@web(http://www.3tsu.jp/)」という認知症の人が情報交換出来るウェブサイトの管理運営の支援もされています。

 以下は、このweb連載をはじめるにあたっての、水谷さんからのメッセージです。


認知症に関連する仕事をするようになって、
認知症の生きづらさ、認知症をとりまく様々なこと、
認知症とともに生きることを考えるようになりました。
答えのない問いや悩みの中で希望を探すうち
「認知症を考えることは、自分の生き方を考えることだ」と
思うようになりました。
認知症をきっかけに、「よりよく生きる」ことを一緒に考えていきませんか?

【連載は隔月に1度、偶数月中旬の更新を予定しています】