認知症とともに、よりよく生きる 16
〜ミナミさんの場合 その2〜


 



水谷佳子




小柄な身体に黒いリュック。スニーカー。山歩き。QUEEN。脚の故障。生き物が好き。ミナミさんと会うたび話すたび、共通項が見つかるのが面白い。ミナミさんはよく「あなたは?」とわたしに話を振る。そんな風にお互いを知りあえるのが心地よい。出会いのきっかけは「認知症」だけど、それは人の、ほんのわずかな要素にしか過ぎない。話したいこと、聞きたいことが広がっていく。

* * * * *

■恥ずかしい話

北アルプスの話題でひとしきり盛り上がったあと、ワクワクの余韻が残る目をわたしに向けたまま、ミナミさんの口が開いた。
「私、すごい恥ずかしいんだけど」
一瞬、わたしはドギマギした

ミナミさん:
 私、すごい恥ずかしいんだけど
 地図なんて見たってわからないから(笑)
 見てわかる人が「こっち」って言ったらくっついていく。
 そういうのを長いことやってたから変になっちゃった(笑)

わたし:
 いえいえ(笑)、それ、関係ないですから。
 もともとの得手不得手はあるし
 苦手なことは別の方法でカバーするのが当たり前だもん。
 あのね、うちの(クリニックの)おっきな先生いるでしょ。

ミナミさん:
 ああ、あのおっきい人ね。

わたし:
 これ、ナイショですけど、超!方向音痴ですよ。

ミナミさん:
 うっそー!

わたし:
 いや、ホント。今度先生に直接聞いてみてください。
 この前ね、日本橋かどっかで、
 お医者さんの勉強会があったんですって。
 それで先生、ひとりで車で行ったんです。
 めったに行かない日本橋で
 駐車場を探して車停めて。

ミナミさん:
 ええ、ええ(笑)
 先生、ご自分で運転して?

わたし:
 そう。
 まる1日の勉強会がやっと終わって
 あ~疲れた~早く帰ろうってビルを出たら
 駐車場がわからなくって
 30分以上マジに歩き回って探しまくって。
 いい加減疲れるし、お腹減るしで、
 中華屋さんでチャーハン食べたらまずくてガッカリして、
 それからまた、探しまくって、
 やっと車を見つけたんだって。
 でも、一方でお医者さんしてて頭がいい訳でしょ。

ミナミさん:
 そうねえ。

わたし:
 だからね、地図読めないとか努力しないから、なる……
 ってわけじゃないんですよ。

ミナミさん:
 先生みたいな人なら、これに懲りて
 次からは「よし、ここに停めた!」とか意識すれば。
 乗り越えられるんじゃない?(笑)

わたし:
 それがね~
 一緒に出掛けてもやっぱり方向音痴でね、
 道間違えたりしょっちゅうだから
 前に、同じようなこと言ったのね。
 そしたら
 「人間、そうそう努力なんかできないじゃんか。
 分かってたって出来ないとか
 面倒くさくてやらないことだらけでしょ。
 だいたい、それが出来るくらいなら、
 小学校で宿題忘れる奴はいないし
 テストだって全員満点だろ」だって。
 先生ね、クリニックに来た人みーんなに
 この話、してんの。
 でもまぁ、言われてみればその通りだなって。

ミナミさん:
 (笑)
 今は、スマホで写真撮るっていうのもアリよね。
 駐車場で写真撮るって聞いたことあるけど。

わたし:
 なるほどー写真ねー。
 大きい店とか駅とか、
 いくつも出入り口があるところは写真もいいかも。
 困ってる人がいたら、話してみようっと。
 先生はメンドクサイとかいって、やらないだろうな(笑)

ミナミさん:
 (笑)
 私ね、娘と一緒にヨドバシカメラで買い物したとき
 やっぱりちょっと変なことになって……
 娘の車がね、どこにあるのか分からなくって。
 そういえば、写真撮らなかったわ。

わたし:
 そんなもんですよね。
 分かってても、なかなかできるもんじゃない(笑)

ミナミさん:
 あと、ツアーで旅行とか行くじゃないですか。
 バス降りたとき、位置を覚えておかないと大変。
 似たようなバスがたくさんあるでしょ。
 一度なんか、バスが停まったとこから動いてた時があって
 それからは、地面の模様とか番号だけじゃなくて
 あそこのビルとここを結んだ、ここね!みたいな(笑)
 もう、それは確認しますよ。

わたし:
 それは若いころから?

ミナミさん:
 もう本当に昔からよ。
 それでも、酷い目にあった後…
 私でも多少確認するようになったから、
 先生も、すごい酷い目にあったわけだし
 これからは大丈夫なんじゃないですか?

わたし:
 いやいやいやいや、それはどうかなー(笑)
 今度一緒に聞いてみましょうか?(笑)

■気になること

ミナミさん:
 あの……ちょっと気になるんだけど。

 何か考えが……
 あれやってこれやって、っていうことが心に浮かぶと
 目の前のこと覚えてるつもりで頭に入ってこないのよ。

わたし:
 たとえば、こうやって話してる時
 何かに気をとられると、聞いてるようで頭に入ってない……
 なんてこと、あるじゃないですか。
 ふだん無意識に、見るとか聞くとか座る姿勢を保つとか
 いろんなことに注意が配られて、バランスが取れてる。
 だけど、何かに注意が多く使われると
 結果的にほかに向いていた注意が薄くなる、みたいなイメージ。
 歩きスマホなんかそうですよねー。
 スマホに注意がとられすぎちゃって、周りが見えなくなっちゃう。
 見るのも聞くのも覚えるのも、注意が向くのが大前提なんですよ。
 単に、記憶だけの話じゃないんですよね。

ミナミさん:
 ああー、本当にそうよね。
 そういうものよねぇ。

 あの、人によるでしょうけど
 ふだん仕事してて、限られた時間の中でものごとをこなしてる人は
 「ここに行ったときに、これとこれをしなくては」
 っていう緊張感があるじゃない。
 私なんかはぼんやりしてるから
 「ああ、忘れた」みたいなことになって、
 だからダメなのかと思うんだけどね。

わたし:
 給料もらう仕事でもそうじゃなくても、
 人間って、無意識に緊張したり集中したり、
 逆に力を抜いたりしながら、あれこれやってるんですよー。
 ただ、ふだん、意識してないだけ。
 たとえば、主婦の仕事なんて同時進行の塊じゃないですか。
 野菜切りながら味噌汁つくって洗い物して……なんてね。

ミナミさん:
 そうねぇ~

わたし:
 ふだん、どれだけの機能が
 どんなふうに働いてるのかって、分かりづらい。
 うまくいかないぁなってことがあって、初めて
 「ああ、そうだったんだ」って気づくようなもんで。

 緊張感を持てばうまくいくかっていえば、そうでもないし。
 面接で、緊張しすぎてとんちんかんな受け答えしちゃった、
 なんて笑い話、よくあるじゃないですか。

 あれもこれも限られた時間でこなさなきゃ、って状況が続けば
 注意の向き先も、注意の消費量も多くなって疲れてくるでしょ。
 そうすると、ミスが増えたり、雑になったりもするし。

 ただ、ね。そういうとき、
 ああ、同時進行しにくくなってるな、とか
 疲労回復に時間がかかるな、みたいに
 今の自分の状況が少しでも分かれば、補う工夫もできる。

ミナミさん:
 私なんか、ひとつひとつだもん(笑)

わたし:
 それって、注意の負荷を減らして
 ひとつひとつ丁寧にする工夫になってる!

ミナミさん:
 ああ!……本当ね。
 うーん……
 緊張感が足りないから、っていうことじゃないのね?

わたし:
 そうですよ~
 緊張感とか気合が足りないわけじゃない。
 なまけてるわけでもない。
 それは記憶だって同じで、
 記憶しづらい状況の中、
 一生懸命記憶することを頑張っても、疲れるだけでね。

ミナミさん:
 それはそうね、落ち込むしね。

わたし:
 そうそう。おっしゃる通り。
 なんせ落ち込むと、落ち込むことにエネルギーが使われて
 ほかのことに気持ちが向かないし
 身体も動かなくなっちゃう。

ミナミさん:
 確かに。
 「一番大事なのは落っこちないこと」って思ってるハズなんだけど、
 なにか、自分が悪いのかな……
 こうしなかったから、こうなのかな……って思っちゃうんだよね。

■等身大の自分

ミナミさん:
 この頃電車でもバスでも、
 座ることばっかり考えちゃって。
 今日、ここに来るときも(笑)

わたし:
 いや!それ、大事ですよ!
 わたしもね、時間長い時はとにかく座ります。

ミナミさん:
 そりゃそうね。
 ちょっと前まで、席を譲られることを気にしてたけど
 もういいよね(笑)

わたし:
 席を譲られるのって、気になるもんですか?

ミナミさん:
 あのさ、私、髪の毛染めてるでしょ。
 それなのに、後ろからトントンって……
 「席どうぞ」ってされたときあったの(笑)
 後ろからだから、顔は見てないわけじゃない?
 よっぽど姿勢とか……そんなんで分かっちゃうんだなーって思った。
 私がバアサンだって、なんで分かるんだろうって(笑)
 後ろからトントンよ。
 ね、自分じゃシャンとしてるつもりでも、
 何かがあるんだなーって思って。
 何なんだろうね。やっぱり姿勢でしょうね。

わたし:
 姿勢かぁ~
 ね、無防備だから、体って。
 特に後ろ姿は。

ミナミさん:
 それでね、席を譲られるのが嫌で
 席の前には立たないようにしてたんだけど
 最近はね……さっきも電車に乗ったとき
 「誰か立たないかなー」って思ってたもん(笑)
 そんなこと思ったことないでしょ?

わたし:
 いや、しょっちゅうですよ。
 通勤の電車って、朝はもちろんだけど
 夜帰るときも結構混んでて、たいてい座れないのね。
 で、そういう時、よく考えることがあるんです。
 「誰がどの駅で降りるか、自分だけ知れる魔法が使えたらいいのに。
 そうすれば、一番早く降りる人の前に立ってられるのに」って。

ミナミさん:
 (笑)
 そうねえ。だってお仕事めいっぱいしたら疲れますよね。
 …若く見えても、座りたいし眠りたいなって思うよね。

わたし:
 疲れ具合って見た目じゃ分かりづらいじゃないですか。
 だからね、こんなわたしでも
 「今日は元気だし余裕あるぞ」ってときは、
 気になる人がいたら
 「こちらにどうですか?」なんて席を立ってみたりとか。
 その時の調子って、歳に関係なくあるじゃないですか。

ミナミさん:
 本当、それはありますよね。

わたし:
 ねえ。譲れるときには譲る。
 で、どっか痛いとか具合悪いとかしんどい時は
 代わってもらえませんか、って声かけられればいいのかな。
 こっちから言うのは勇気いるけど、それで
 「どうぞ」って席譲ってくれる人がいたら、
 「有難うございます」って座らせてもらえればいいのかな、って。

ミナミさん:
 そうよね。
 変に頑張ったり、肩肘張ることはないよね。
 今の自分をごまかすこともないし。

 ここまできちゃったんだから、
 明日こういうことしよう、楽しいことしよう、とかさ。
 「この年になったんだから、やってもいいよねー」
 みたいなこと、あってもいいよね。
 すっごい贅沢…とはいかなくてもさ。

* * * * *

先日、同じ喫茶店でミナミさんとコーヒーを飲んだ。「今日は帰りにスポーツクラブのお風呂に入ろうと思って」とMOZの黒いリュックをパンパン叩きながら、ミナミさんが取り出したのは展覧会のチケットだった。「こんなの知ってる?行ってみたけど、意外によかったよ。何かないかなって探して、ちょっと出かけてみると、結構楽しいよ。これ持っていくと割引になるから、あげる」。――わたしはラッキーだ。楽しそうなこと、面白そうなこと、ひとりでは見つけにくくても、こうしておすそ分けしてくれる人がいる。そうだ、次に会う人に、この展覧会の話、してみよう。

ここで紹介するお話は、「暮らしの中にあるひとりの人」の声をできるだけそのまま伝えることを目指しています。本人の言葉は極力編集していません。また、個人情報に配慮し、実名掲載の承諾を得られた人は実名で、それ以外の人については適宜改変した名前で掲載しています。

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*水谷佳子(みずたに・よしこ)さんは、
 のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)の看護師。
 1969年東京都北区生まれ、コンピュータプログラマー、トレーラードライバーなどを経て、2005年に医療法人社団こだま会こだまクリニック入職、2012年からNPO法人認知症当事者の会事務局、2015年にのぞみメモリークリニックに入職されました。
 認知症がある人・ない人がともに「認知症の生きづらさと工夫」を知り、認知症と、どう生きていくかを話し合う「くらしの教室」を開催。「認知症当事者の意見発信の支援」を通じて、「認知症とともに、よりよく生きる」人たちの日々を講演等で伝えながら、「3つの会@web(http://www.3tsu.jp/)」という認知症の人が情報交換出来るウェブサイトの管理運営の支援もされています。

 以下は、このweb連載をはじめるにあたっての、水谷さんからのメッセージです。


認知症に関連する仕事をするようになって、
認知症の生きづらさ、認知症をとりまく様々なこと、
認知症とともに生きることを考えるようになりました。
答えのない問いや悩みの中で希望を探すうち
「認知症を考えることは、自分の生き方を考えることだ」と
思うようになりました。
認知症をきっかけに、「よりよく生きる」ことを一緒に考えていきませんか?

【連載は隔月に1度、偶数月中旬の更新を予定しています】