認知症とともに、よりよく生きる 15
〜ミナミさんの場合〜


 



水谷佳子




各駅停車の私鉄に乗って、ミナミさんと並んで座った。色が変わり始めた樹々の葉がまぶしい午後。民家の軒先をかすめて電車が走り出したとき、ミナミさんが言った。「ねぇ、ボヘミアン・ラプソディー見た?」ピンポン玉が跳ねるみたいに、胸が躍った。「えっ!ミナミさん、見にいったんですか?マジですか!?」
その1か月半前、駅前の喫茶店でわたしはミナミさんとはじめましての挨拶をかわし、コーヒーを飲んでいた。

* * * * *

ミナミさん:
 ああ、私も(検査)やっといた方がいいかと思って。
 やっぱりちょっと色々問題がありそうで、
 早く気が付いたかどうかわからないけど。
 主人のことで包括(地域包括支援センター)に行って
 たまたまクリニックを知って、行きたいなーと思って。
 大学病院とかああいうところは、
 ちょっとハードル高いじゃないですか、ねぇ。
 「二人で来てください」とか、言いますよね。

わたし:
 そうなんですか?

ミナミさん:
 ええ、ええ。
 それに、中も広いし、
 検査でもなんでも、あちこち行かなきゃいけないし。
 私、誰かに付き添ってもらってまで
 そういう(認知機能の)検査っていうのは、ちょっと抵抗があって。
 そしたら、ひとりで行けるクリニックがあるって知って。

わたし:
 クリニックに行く時のハードルってありました?

ミナミさん:
 いや、それはもう……何ていうの?
 やっぱり…主人が(認知症があって)
 こう、色々と進んできたのを見てきたから
 早めにした方がいいなと思って決断がついたっていうか。
 きっかけが目の前にあったから。

わたし:
 うんうん。

ミナミさん:
 こういうのはズルズルしてても意味がないなあと思って。
 これは、その……
 ハードルとか何とか言ってらんないなと思って(笑)

わたし:
 あー

ミナミさん:
 主人を見てるとね……
 自分がああいう風に
 いろんなことを覚えていられなくなったら……
 ここから先は子どもに任せようとか
 決断しなきゃいけないことがあると思う。
 それで、今は薬で遅らせることもできるって聞いたし
 そりゃ早い方がいい、悩んでる場合じゃない、みたいな。

わたし:
 ご主人のときは……

ミナミさん:
 歯医者さんに予約しても行かなかったとか、
 カード無くしたとかATMの操作分からないとか、
 そういうのがちらほらあって……
 相当自信をなくしてしまって。
 今朝も、スマホがないないって探してて
 鳴らしてみても、マナーモードになってて音が出ないのね。
 ようやく見つけたけど、音が出るようにできなくて
 また、お店に行ったんじゃないかな。
 スマホに変えたのもよくなかったんだよね。
 私だったら……いまの私だったら、変えないと思う。

■診断がついて

わたし:
 この前先生から話を聞かれて
 思うこと色々あると思うんですけど……

ミナミさん:
 あ、結果見せられてね。
 それは、やっぱり、ああここまでかとガックリきたけど、
 でも、寿命というものがあるからね。
 買い物とか、ゴミ出しとかはできてるし
 難しい手続きは子どもに
 「これどうしよう、分からない書類がきちゃった」とか
 ちょっと聞いて今んとこ何とかなってるし……
 今より、まあ、下がるとしても、
 ぎりぎりまで、あの……
 人より、もの覚えが悪いとか、
 不得手があるとか気にしないでいこう、と。
 でも、これから先はやっぱりちょっと、わかんないね。

わたし:
 子どもさんには……

ミナミさん:
 まだ言ってない。
 何か、とんでもないことがあったら、
 その時、言おうとは思うけど。

わたし:
 子どもさんは、近くに?br>

ミナミさん:
 いえ、二人ともちょっと地方にいるのね。
 何かあった時には帰ってくるし、
 月に2回は帰ってこようか?とか言ってくる。
 娘はメールとか電話とかマメにしてくるしね。
 特にお父さん(夫)は大変らしいって分かってるから。
 娘と息子が私の「このこと」まで気にしても
 何の役にも立たないから……
 今んとこ黙ってます(笑)。

ミナミさん:
 それで、あの、私、
 一番大事なのは落っこちないことだと思う。
 自分で勝手にそう思ってる(笑)

わたし:
 あ、気持ちがね、自分の。

ミナミさん:
 そうそう。
 結局、私が頂いた結果っていうのは、
 人によっては、すっごい
 もう、立ち直れないようなショックだろうなって思ったのね、
 私もとりあえず、そうだけど。
 ある時……っていうか、割合すぐに、
 気にしてもしょうがないなって。
 なってしまったのはしょうがないから、と思って。

わたし:
 その切り替えっていうか、心持ちっていうか、
 考え方は……誰かに相談されて?

ミナミさん:
 いやいやいや、主人がね……。
 友達がどんどんいなくなっちゃって、
 あ、いや、年齢的にね、友だちがだんだん亡くなって。
 それに、とても好きなお稽古……
 武道がもう体力的に無理になってから
 ガクガク(悪くなった)ですよね。
 主人は、お酒を飲むのが大好きで、
 よく、近所で一杯飲んでみんなとしゃべって帰ってきた。
 今よりよっぽど、居酒屋さんに寄ってた方がよかった(笑)
 そういうのが一番じゃないかなーなんて思うときあるよ。

わたし:
 気持ちの切り替えってなかなか難しいって思うんです。
 何か月も、何年も、気持ちも暮らしも引きこもっちゃった人もいて……

ミナミさん:
 それはショックだと思う。私も徐々に、だよ。
 私はちょっと普通と違うってわかってたから……
 それでも、だけど、いきなりだった。
 ここまでやる?っていうくらいの色んな質問出されて、
 それ(診断)が普通に来たからすっごいショックだったの。

わたし:
 うーん。

ミナミさん:
 私はとくだん、人とは違うって感じてたからね。
 これでも、そんなにショックもないけど。
 私、考えてたから。
 あー、私ちょっとやっぱり変かなーって。

■西郷どん、面白いよ!

わたし:
 最近の楽しみって言ったら何ですか?

ミナミさん:
 ……今はテレビ(照笑)。

わたし:
へえー!また意外!

ミナミさん:
 どうして?

わたし:
 外出派かと。

ミナミさん:
 いや、もうテレビしかないんじゃない?
 それでね……西郷どん。

わたし:
 へえー

ミナミさん:
 ところが難しいよね、もう、ついてくの大変。
 前回、一部わかんない……
 一部どころかいっぱいわかんないとこある。
 ドラマはね。

わたし:
 そうなんですか?

ミナミさん:
 わかんないとこだらけよ。
 それでも、年の初めに
 「これはちゃんと見なきゃ」って
 何か思ったのね(笑)
 だからね、あれ……NHKで売ってる本。
 1話ごとに3ページか4ページ使ってね、
 ちゃんとわかるように、本当にこと細かく書いてある……
 ドラマのガイドになってる、ムック本っていうの?
 そういうのがあって。

わたし:
 ああ~はい!

ミナミさん:
 結局、1年間で3冊買うことになったの。
 ついこないだ、10月に入ったら出たのね、3冊目が。
 それで買ったんだけど、
 ちょっと読む気しなくて、たいして読んでないんだけど(笑)。
 でも、ちょっと前くらいから、
 この辺はもう一回見ておかないとっていう展開に入っちゃって。
 だから、6時に放送見て、8時に放送見て、
 その間にビデオを撮ったのを1回見て。
 それでもまだ、あ、こういう意味だったんだーって。

わたし:
 ああああ。

ミナミさん:
 食らいついてってる、これでも(笑)
 わかりたいと思って。うん。
 でね、自分で死んじゃう訳じゃない?西郷どんは。
 ドラマではどういう風になるのか、
 最後のクライマックスっていうか、
 そういうとこ見たいのねー(笑)

わたし:
 あー、そこにたどり着くまで何が何でも!

ミナミさん:
 そう、うん。それで頑張って見てる。
 西郷どん、面白いよ。
 昔から大河ドラマって、全部見たことなかったし
 見始めても、3回ぐらいで難しくなっちゃって、
 もうダメだと思ったけど。
 何かガシャガシャした時に、ああいうのはほとんど無理よね。

わたし:
 ご主人のこととか、ミナミさん自身のこととか?

ミナミさん:
 そうそう。
 もう、ドラマどころじゃなくて、話わかんなくなってねー。
 私はああいうもん向いてないなーと思ってんだけど、
 西郷どんだけは見ようかなって(笑)

わたし:
へえー

ミナミさん:
 3冊本買ったでしょ、それで、セリフも読みながらね。
 あれ、漢字で書いてあるでしょ。
 耳だけっていうのはよく分かんないじゃない?
 だから字幕スーパーにして見てる。
 そうすると、誰々がこう言った、って出るから、
 「なんてわかりやすいの!」……ってなって。

わたし:
 なるほどー!
 本でセリフ見て、画面でも文字で補足して……

ミナミさん:
 そうそう!
 結局、ただ聞いてる、見てるだけだと
 何を意味してるか分かりづらいじゃない?
 字幕はちゃんと漢字で出るから、
 音、声、セリフを耳で聞くだけよりも
 分かりやすい場合があるね。

わたし:
 あー、私、聞き取りが悪いんで
 それ、すっごいよく分かります!

ミナミさん:
 それが、ね。
 楽しい反面、ちょっと問題もあって……

わたし:
 どういうこと?

ミナミさん:
 3冊目の本の表紙。
 頭……ちょんまげ切ってさ、普通の頭になってるの。
 「うっ!?」と思ってさ、こんなんなっちゃって(笑)

わたし:
 ああそっかー!
 ドラマ見る前に、先の展開を知っちゃったのね(笑)

ミナミさん:
 そうそう(笑)
 最後のシナリオまであるから(笑)
 とても読めないけどね(笑)

■「診断をきっかけ」に

ミナミさん:
 いまね、ちょっと色々片付けなきゃいけないことがあって。

わたし:
 片付け?

ミナミさん:
 捨てるもん捨てて…じゃないけど……
 「残したまんま死ねないわ」みたいな、あるよ。
 多分、「ともかく一番にそれをやって」って思われてると思う。周りから。

わたし:
 ま、周りから?

ミナミさん:
 娘と息子。
 「あれ、何とかしたらー?」みたいなのジワッて感じるから(笑)
 物置とかね、使わないものがたくさん入ってる。
 主人がモノ捨てられない人で。
 今はもう、主人もいちいちチェックしないだろうから
 ゴミの日の前にこっそり、少しずつ処分してる。
 この前は自分のも入れて9足、靴捨てた!
 思いきったでしょ(笑)

わたし:
 それはまた、ずいぶん(笑)

ミナミさん:
 今まで長―いこと、「ヒマ」みたいなことやってきて……
 「今だ!」っていうのがね、いまがその、タイミング。
 私が、ちゃんとしなきゃーみたいな。

わたし:
 うんうん。

ミナミさん:
 「もう、ここまで来てる」なって。
 それは、だから、もしかしたら、これをきっかけに、
 いい時間の使い方――に、しなきゃっていう。
 何かがこう、来てるな。
 多分、うん。
 来年くらいになったら、それこそ、
 ドラマとかそういうのも、楽しめなくなるかもしれない。

わたし:
 うーん。

ミナミさん:
 そういうことも、あるかもしれないし。
 だからやっぱり、いいきっかけだったんですね。

わたし:
 そうですね、せっかく……
 せっかくって言ったら変ですけど、でもせっかくね。

ミナミさん:
 そうそうそうそう!

わたし:
 そういう通過点を通ったんなら、それならいい風に。

ミナミさん:
 そうそうそうそう。
 こんな時間が持てたんだっていう、ね。

* * * * *

知り合いのお嬢さんに借りたCDがきっかけで、QUEENを聴くようになったミナミさん。登山が好きで、思い立ったら吉日とリュックを背負って単独行しちゃったミナミさん。「あなたは、何してるときが楽しいの?」と尋ねるミナミさん。そして、「私、すごい恥ずかしいんだけど……」と話し出したミナミさんとのやりとりは、またの機会にご紹介します。

ここで紹介するお話は、「暮らしの中にあるひとりの人」の声をできるだけそのまま伝えることを目指しています。本人の言葉は極力編集していません。また、個人情報に配慮し、実名掲載の承諾を得られた人は実名で、それ以外の人については適宜改変した名前で掲載しています。

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*水谷佳子(みずたに・よしこ)さんは、
 のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)の看護師。
 1969年東京都北区生まれ、コンピュータプログラマー、トレーラードライバーなどを経て、2005年に医療法人社団こだま会こだまクリニック入職、2012年からNPO法人認知症当事者の会事務局、2015年にのぞみメモリークリニックに入職されました。
 認知症がある人・ない人がともに「認知症の生きづらさと工夫」を知り、認知症と、どう生きていくかを話し合う「くらしの教室」を開催。「認知症当事者の意見発信の支援」を通じて、「認知症とともに、よりよく生きる」人たちの日々を講演等で伝えながら、「3つの会@web(http://www.3tsu.jp/)」という認知症の人が情報交換出来るウェブサイトの管理運営の支援もされています。

 以下は、このweb連載をはじめるにあたっての、水谷さんからのメッセージです。


認知症に関連する仕事をするようになって、
認知症の生きづらさ、認知症をとりまく様々なこと、
認知症とともに生きることを考えるようになりました。
答えのない問いや悩みの中で希望を探すうち
「認知症を考えることは、自分の生き方を考えることだ」と
思うようになりました。
認知症をきっかけに、「よりよく生きる」ことを一緒に考えていきませんか?

【連載は隔月に1度、偶数月中旬の更新を予定しています】