認知症とともに、よりよく生きる 14
〜裕さんの場合 その2〜


 



水谷佳子




「認知症になってよかったとは思わない。でも、今、こうして新しい人間関係ができて第二の人生を歩んでる」。裕さんは、自身の「楽しみながら生きる姿」がだれかの力になればと、知り合いから誘いがあれば、講演、イベント、飲み会に駆けつける。2018年の秋、私たちは、博多から特急で数駅先の佐賀県鳥栖市で再会した。

* * * * *

裕さん:
 だいたいどこでも言われますよね、
 あんた、どこが認知症?って。
 今回、こっち(九州)で人と会うことになってたんで
 広島を出て来るときにタブレットで
 「今から出るよ」ってメールして
 あ、充電ちょっとでもしとこうかなとコンセント繋いで
 そのまま電車乗ってきてしまって。
 携帯電話とタブレットの2台持ちなんで、なんとか、ね。
 だけど、携帯から電話しようと思っても
 名前が出てこない(頭に浮かばない)から検索できない。
 携帯電話の中には番号があるんだろうけど、かけられない。
 結局、共通の知人の名前を思い出して
 その人経由で連絡とって……そんな感じでした。
 携帯の電話帳って、苗字を思い出せないと探せない。
 たとえば「のぞみクリニックの佳子」さんと分かってても、
 「水谷」が出てこんと番号を見つけられない。
 だからぼくは、登録するときには必ず
 地区とか組織を名前のあたまにつける。
 ○○県の誰々とか、〇〇グループの誰それとか。
 そうすると、ずるーっと並んで出てくるから
 あ、この人!みたいな感じで。
 タブレットの場合は、必ず写真も登録しとくんです。
 漢字だけ(で姓名を眺めるの)はピンとこない。
 ぼくは、顔の認識は何とか覚えやすいんで
 写真と名前から見つけるっていう感じですね。
 (フェイスブックとかLINEなどで)
 プロフィール写真を犬とか猫とかにしてる人がいるけど
 あれはやめて~
 犬とか猫じゃ分からん。

わたし:
 ちょっとした工夫もしながら……
 でも、ひやっとする失敗もあるんね。
 失敗話ばっかり根掘り葉掘り聞いてスミマセン

裕さん:
 その割に、聞いてくるよね(笑)
 ものすごくありますよ。
 ぼくは、この手帳を使ってるんです。
 現役の時から使ってて慣れてるんで、
 いまだに、社長さんに頂いてるんですね。
 これに、全部自分で記入していく。
 それから、部屋にかかってる大きなカレンダーに書く。
 あとは、1枚のペラ紙に今日の予定を書くんですが
 朝、これを見ずに出るとダメですね。

わたし:
 あっちこっちに書くのって
 いい面悪い面あると思うんですが
 どこか抜けたりしないんですか?

裕さん:
 それが、よく抜ける!
 書いたつもりになって書いてない。
 ぼくね、フェイスブックに
 「たぬき応援係」ってグループつくってあって
 北海道から沖縄まで、仲のいい人たちが入ってる。
 月が替わると、ぼくが
 〇月の予定っていうのをそこに書き出す。
 新たに用事ができた時には、その都度記入する。
 すると、
 「竹内さん、その日はどこそこ行く予定になってるよ」と
 ぼくが間違えても誰かが教えてくれる。。

わたし:
 インターネットで繋がれるからできる工夫ですね。

裕さん:
 そうそう。
 自分で忘れても人から教えてもらえる、
 っていうのが気が楽ですね。

わたし:
 それは、竹内さんが
 「教えてな」って言える間柄の人たちだから?

裕さん:
 そうそう、ボクが信用してる人ね。

わたし:
 デリケートな話ですよね。
 私だったら、色んな人たちから
 「この間言うたのに」とか
 「そこ違ってる」とか言われたら……

裕さん:
 だから、ほんとに気の合う人だけ。
 仲良くしてくれる人と気持ちよく、ね。
 「されて嫌なこと」はみんな嫌でしょ。
 夫婦でも親子でも兄弟でも他人でも
 やっぱり嫌なものは嫌だから……
 それは認知症だけじゃない、ほかの障害の方もね。
 嫌なこと言われたりされたりすれば
 誰だって、もう、その人と話したくない、
 付き合いたくないって気持ちになっちゃう。

わたし:
 話したいことを、話したい人に、話せるといいな……
 カミングアウトみたいなことも含めて……

幸裕さん:
 それはね、難しい問題ですね。
 ぼくが認知症になってすぐの頃……引きこもってるときね。
 渡辺謙さんが認知症の映画に出たんですよね。
 ぼくには7つ上の姉さんと、3つ上の兄貴がいて
 兄貴は男同士だし、分かるだろうなと思って
 「おれな」って……
 「実は認知症なんじゃ。
 兄貴だけには知っといてほしい。
 ちょっとあの映画見てくれんか」って言ったら
 兄貴が
 「俺はそんな暗い映画みたくないぜ」って。
 ……
 え?っと思ってね。
 自分の兄弟でもこうだからね、
 他人様は絶対無理だろうなって思って。
 ぼくは聞かれない限り自分からは言わない。
 ただ、銀行とか郵便局とかそういうところでは
 「すいません、ぼくは認知症なんで
 印鑑忘れたり通帳忘れたり現金忘れたりするんで
 お願いしますね」って言うと、順番来たとき必ず
 お金入れた? 印鑑入れた? 財布入れた?
 って教えて下さる。
 そういうふうに、分かって下さる人には話をする、
 そんな感じですね。

わたし:
 お兄さんとは今も、
 普通にお付き合いはされてるんですよね?

裕さん:
 盆正月には兄貴は大阪から広島に帰ってきて
 一緒に親の墓参りして、姉さんと飯食って、
 スナックで酒飲んだりカラオケ行ったりはするんですよ。
 でも認知症の話はしない。
 聞かれればするよ、俺からは言わない。
 映画を見て、俺のこと分かってねって言った時に
 そんな暗い映画は見たくないと言われたその言葉がもう、
 びっしり入ってるんで。
 やっぱりその時のショックは相当ですよね。

わたし:
 血が近いとか距離が近いから
 話せる、伝えられる、分かってもらえる
 ってもんでもない……

裕さん:
 うんうん。それは全然別。
 ぜったい違う。

わたし:
 話は変わって、裕さんが
 日々ワクワクすることとか
 いい感じのことって、ある?

裕さん:
 ありますねー(満面の笑み)。
 広島には日本泳法、
 神伝流っていう古式泳法があるんです。
 大学時代に4段をとっててね、
 在職中は中断してたんじゃけど
 認知症になって家でうずうずしてる時に仲間が
 「竹内くん、昔みたいに一緒にしようや」って誘ってくれて
 現在は6段までとってます。
 それで、おととしかな、
 シニアの部で、全国一位になりまして。
 今年は、シニアでなくて若手に混じってやりましたら
 初戦敗退しました(笑)
 それからゴルフ。
 在職中は接待でよくやってましたね。
 今でも仕事のつき合いがあった人たちから誘っていただいて
 ゴルフして、そのあと飲みに行こうかって感じ。
 あとは……
 広島平和記念公園の前は川があって
 ものすごい桜並木なんですよ。
 そこをカヌーでいくと桜のトンネルみたいで
 すごい気持ちいいんですよ。
 今は、自分で車を運転できないんで
 尾道の若い知り合いのところにカヌーを預けてあって
 年間、3~4回、泊りがけでカヌーしにいったりね。
 サップ(SUP/Stand Up Paddleboard)
 スタンドアップ パドルボードといいまして
 ハワイとかの宣伝なんかで
 ビキニを着た綺麗なお姉さんがボードの上でヨガをするという……
 それをここ1年くらいやってて、もう楽しくて!
 楽しいことは日々したい(笑)

わたし:
 アクティブなことが多いですけど
 たとえば温泉入ってのんびりとか……

裕さん:
 源泉かけ流し、いいねー。
 ぼくはぬる湯がいいね。
 飯の前に入って、寝る前に入って、朝また入る。
 でも5分ずつでいいんよ、カラスの行水。
 人それぞれの楽しみ方でいいよね。
 酒もね、居酒屋もいいし
 こじゃれたBARでお気に入りのスコッチもいい。
 ぼくの場合はひとりで酒呑むのは嫌じゃけど
 逆に、ひとりで酒呑むのが好きな人だっている。
 とにかく、その人が楽しみたいことがいいよね。
 いま、ぼくの日々のモットー。
 「今日は楽しく、明日はより楽しく、
 明後日以降は深く考えない」
 ちょっとはね……年金下がるんかなとか
 医療費上がるんかなみたいなね、考えるけど
 長い先はどうなるか分からない。
 今日は笑顔で楽しく、明日はより楽しく。
 そればっかり思って暮らしてますね。

わたし:
 あのね、裕さんがすごく明るいから見えにくい、
 明るさの裏側……
 先のこと考えてしまう時のネガティブな気持ち、
 全くないわけじゃないでしょ?
 そういう気持ちもあるけど、
 だけど、今を楽しく生きないでどうする!って
 そういうことでもあるのかなって……

裕さん:
 あのね……。
 今の時期ね、金木犀が咲いてるんですよね。
 営業マン時代、まだ50歳くらいの時は歩いていて
 「ああ、どこかで金木犀が咲いてるな」、
 道の角を曲がると
 「ああ、ここの家じゃったんか」みたいなあったんですが
 一昨年くらいから、目の前まで……
 目の前に来ても匂わない。
 ベーカリーの前通った時の、焼きたてのパンの匂いとか
 カフェの前を通った時の、挽きたての珈琲の匂いとか……
 そういうのが分からない。
 これは、つらいですね。
 味に変化がくるのでは、というのが不安。
 若い頃、接待で行った高級料亭。
 料理だけは……
 いい塩梅、甘み、旨み、
 あれが分かるのが当たり前じゃった。
 あの頃の敏感な味覚は保たれているのか。
 いまも「美味しさ」を感じるけど
 本当に若い頃の感覚と同じなのか……不安。
 薬も、アリセプト5ミリ毎朝飲んでるけど
 やめたら進むんじゃないかって不安。
 そんな不安は、もう、常時あって。

わたし:
 そんな気持ちもありながら……

裕さん:
 先のことは、病気にしても何にしても
 どうなるか分からない。
 だから、やっぱり
 今日は笑顔で楽しく、明日はより楽しく、ですね。

わたし:
 最近ね、
 「自分は今、もしかしたら認知症のはじまりなのかも」って……
 今までとは違うなって感じて、
 うちのクリニックに来る人が増えてきてね。
 話を聞いてると
 「受診するのに、すごく悩んだ」って人も多くて……
 裕さんだったら、
 受診しようかどうか、悩んでる人になんて言う?

裕さん:
 そうですね……
 自分でちょっと心配ならば……
 自分が「受診したほうがいいな」って思った時に
 受診されれば、もうそれで十分だと思います。

わたし:
認知症に限らず、
 暮らしづらさ、生きづらさを抱えるいろんな人がね、
 裕さんみたいに、「いまを、よりよく生きる」。
 そういう姿がもっともっと当たり前になるといいな。

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*水谷佳子(みずたに・よしこ)さんは、
 のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)の看護師。
 1969年東京都北区生まれ、コンピュータプログラマー、トレーラードライバーなどを経て、2005年に医療法人社団こだま会こだまクリニック入職、2012年からNPO法人認知症当事者の会事務局、2015年にのぞみメモリークリニックに入職されました。
 認知症がある人・ない人がともに「認知症の生きづらさと工夫」を知り、認知症と、どう生きていくかを話し合う「くらしの教室」を開催。「認知症当事者の意見発信の支援」を通じて、「認知症とともに、よりよく生きる」人たちの日々を講演等で伝えながら、「3つの会@web(http://www.3tsu.jp/)」という認知症の人が情報交換出来るウェブサイトの管理運営の支援もされています。

 以下は、このweb連載をはじめるにあたっての、水谷さんからのメッセージです。


認知症に関連する仕事をするようになって、
認知症の生きづらさ、認知症をとりまく様々なこと、
認知症とともに生きることを考えるようになりました。
答えのない問いや悩みの中で希望を探すうち
「認知症を考えることは、自分の生き方を考えることだ」と
思うようになりました。
認知症をきっかけに、「よりよく生きる」ことを一緒に考えていきませんか?

【連載は隔月に1度、偶数月中旬の更新を予定しています】