認知症とともに、よりよく生きる 18
〜則子さんの場合〜

 


水谷佳子    


 

2019年5月、平成から令和に改元されました。テレビや雑誌などのメディアで平成を振り返る特集を目にして、この30年間の変化をしみじみ感じました。身近な生活機器もずいぶん様変わりして、暮らしの工夫も不便さも移り変わってきたように思います。令和最初のお話は、則子さんとのスマホ談義から始まります。

* * * * *

■スマホ談義

わたし:
則子さん、スマホなんですねー。
ガラケーのわたしは、時代から取り残されてる(笑)
スマホのメインはやっぱり電話とメール?

則子さん:
うん。でも、メールはパソコンのほうが楽なんですよね。
両手を使える、あ、キーボードに慣れてるっていうのかな。
スマホはさ、その字が出てくるまで
同じ場所をピピピッって何度も押して、1回じゃ済まないでしょ。
それで、ちょっとでも間違えると全部やり直し(笑)

わたし:
そう、そう、そう、そう(笑)

則子さん:
ようやく慣れてきたけど、
「何よ、これ!イラツク~」とか思ってるわけですよ。

わたし:
わかるー!
私も、メールはパソコンがいいなぁー。

則子さん:
両手でキーボードがいいですよね。
画面も大きいし。

わたし:
そうなんです!
携帯って、全体が見えないんですよね。
どこまで書いたっけ、とか
なんか途中で文章が変になってたり。

則子さん:
そうそう。
ショートメールっていうの?
あれで送ってくる人いるから
パソコンだけっていうわけにもいかなくて。

このスマホの前はガラケーだったんですよ。
目的地にたどり着くためのメモが役に立たなかったから。

わたし:
え、どういうこと?

則子さん:
私ね、たまにしか行かないところに出かけるときは
目的地の近くの目印とか地下鉄の出口とか
ちゃんと書いて持っていくのね。

ところが都心の方って、あっちこっち工事しててね。
オリンピックのためかなんかで
一生懸命整備してるらしくって
駅の入り口とか道路とか建物とかが変わるんですよ。
必死に書いたメモが全く役に立たなかったの。

それでねぇ、銀座のど真ん中で、
その、行きたかったお店に電話して、
「私はどこどこにいるんですけど、
どういうふうに行けばいいんですか」とか聞いちゃって。

で、電話の向こうではね、
「上野の方向へ歩いてください」って言うんだけど
そこから線路見えないし
上野の方向がどっちだかわからないのよ。

わたし:
そりゃあ、わからない……

則子さん:
そしたらね、
「何々ってお店は見えますか」って言われて
「ああ、それなら、向かい側にあります」って言ったら、
じゃあ、そのお店の側にまず渡って……」
って道案内されて、やっと辿り着いたの。

それで、「これはまずいな~」ってね、
地図が出せるのじゃないとダメだなって
スマホにしたんですよ。

わたし:
ああ~、なるほど。
スマホの地図、使いやすいですか?

則子さん:
それがねー(笑)

この前、大学の同期の人たちで
友だちの家にお見舞いに行ったのよ。
男子3人、女子3人、
みんな同い年だから、75~76よね。

それでね、住所はわかってる、
みんな、スマホ持ってる、
なのに、誰も、スマホ出して地図出して……
ってしようとした人がいない(笑)
地図出したのは私だけなの。
で、しょうがないから私がやったんだけど(笑)

わたし:
ははは(笑)

則子さん:
で、私はようやく安心したんですよ。
あっ、みんな、こんなもんかって(笑)

わたし:
そっかぁー(笑)
皆さん、スマホ持つ前から
地図ってもともと、あんまり使わないのかな?

則子さん:
みんなはどうだかわからないけど
私は(スマホの地図アプリの)使い勝手が
よく分からないの。
うまく使いこなせないっていうか。

パソコンでも地図見たりしてるけど
なんか、こっち見たいってやってるうちに
シャアーっと画面が変わっちゃったり……
そういうこと、ないですか?

わたし:
あっ、わかる、わかる。
ピッて、どこかクリックしちゃうと、
そっちにビューって飛んじゃって、
あれっ、私、違うところにいたはずっていう……

則子さん:
そう、そう、そう!
「何よ、これ」っていう感じで…
スマホはもっと、そうなるでしょう?

わたし:
ああ、スマホはそれが顕著かもしれない。
ちょっと指先が触れるだけで変わっちゃう。
持ち替えようとしただけなのに
変なところに飛んじゃって、ああーってなる。

則子さん:
そう、そう、そうなのよ!
それが、字一つ入力するにも
そうなるでしょう?
何であんなに人気があるのか……

今のところ、私の場合は、スマホで使ってるのは
電話とメールと地図と辞書、
インターネットがたまにで、あと、お天気。

わたし:
ああ、天気!
雨雲レーダーとか出るし、便利ですよね。

則子さん:
それと、災害情報とかのお知らせ。
市とかで流すのよね。

でも、ほんとは考え中なの
ずうっと考えてる、結論は出さないで。

わたし:
ああ、使い続けるかどうか?

則子さん:
うん。
使う機能と使い勝手……毎月お金もかかるしね。
ガラケーにもう一回変えようかなって。
でも、すごい勢いで変わっていってるから……
五年後にはもっと違ってるでしょうね。

わたし:
確かに変化が……すごいですよね。
私もスマホにするのか、しないのか
則子さんじゃないけど、結論は出さないで考え中(笑)

■ありのままを知って、どう生きるか

わたし:
あのね、クリニックで半年に一度
認知機能を測るじゃないですか。
みなさん「あれは嫌だー」「疲れるー」って言いつつ
まぁ、それでも仕方なく……って感じなんですけど
則子さんはどうですか?

則子さん:
あっ……私の中では、
自分の実感と、そこ(測定結果)に出てくる科学的なものとを
合わせていく。

わたし:
ああ、なるほど、自分の実感と……。

則子さん:
うん。
やっぱりね、一度認知症が気になると
ささいな日常生活のできごとが、
あれもこれも認知症が進んだみたいに感じちゃうのよ。
だけど、客観的に測定結果が見えると
自分をちょっと離れたところから見れるじゃない?
ちょっと自分自身がオーバーに考えすぎてたな、とか。
主観と客観の突き合せみたいな、ね。

わたし:
うん、うん、それはそうですよね。

則子さん:
でもね、そうは言いつつ、場合によっては
ショックを受けることだって、あるかもしれないのよね。
……だって、客観の方が悪いことだってあるわけで。
だから、それをどう伝えられるか、
先生の言葉かな……とか、
言葉をつくされても大変なことかも……とか
考えちゃいますね。
でも、「ありのままを伝える」「ありのままを知る」って
すごい大事ですよね。

わたし:
大事だけど、双方しんどい。

則子さん:
うん。
……
私はね、年齢の差こそあれ
生きてれば誰でもいつか認知症になる
って思ってるのね。

認知症って診断されようが、そうでなかろうが
人が生きて、衰えていく中で
覚えにくくなったり、思い出せなくなったり
もしかしたら自分が何かを……
理解できない……っていうか、
そういうことだってあると思うのね。

私ね、のぞみに行く前、別の病院に行ってたでしょ。
無理やり連れてこられた人が
何人がかりで車から引きずりおろされたり
大声で家族と揉めてる人を目の当たりにしてた。

でも、のぞみに行ったら全然違う。
ときたま聞こえる診察室の先生の声とか、
待ち合いで先生と顔をあわせた時の会話がね、
前の病院と違って、
病気の人に話すっていう話し方じゃないんですよ。
普通の日本人と、
普通の人と話してるっていう、ね。

ああいう、先生と当事者さんのやりとりを見てると
覚えにくくなっても、思い出しづらくなっても
言葉が出てこなくなっても
全てが分からなくなるっていうことはなく
生きていくんじゃないかなって思える、うん。

なんか、今まで全然知らなかったことを
私は知ったなーって。
こういうことを知れたのは大きいなって。

だから、いろんな人と会って、話を聞いて
「そのうち私にもそういうことが……」って思うけど
今の自分の、ありのままを知って
今の自分にできる工夫をして
そうしてやっていくだけ、なんですよ。

■誰かがいれば

則子さん:
あの……
「家に帰れなくなっちゃうだろう」と思われる人が
いたんですよ。
駅まで、みんな一緒にいたんだけど、
その人がね、「お金がない」って言うの。
ないっていうか、
どこかへ入れちゃって出てこないんですよ。
探しても出てこない。
懸命に探すんだけど、ない。
それで、友だちが立て替えたの。

バス乗り場でも、
間違えて乗っちゃうことがあるみたいなのよ。
それで、この間、駅で解散ってなったとき
ある人がね、同じ方向だからって
一緒に乗っていってくれたんですよ。

ところが、その一緒に乗っていってくれた人も
最近ね、
「今まで覚えてたことが消えちゃった」とか言っててね。
それでも、そんなふうに一緒に帰ってくれて。

で、こういうのって、結局、
人の善意で全部やってるんですけど、
うーん……
もしかしたらね、二人ともバスを間違えたり
家に帰れなかったりする可能性もあるわけだし
ほんとは、どうあるべきなの?って。

はじめは、もう一人もっと若い人が、
ついていったんだけど、
途中で方向が違うからって別れちゃったみたいなの。

うーん……
だから、難しいよねって思って。
私も急いでたら、
「じゃあ、ここで」って帰っちゃうなーと思うし。

わたし:
まあね~
でも、たまたまそうやって誰か、
急いでない人が一人でもいて、
同じ方向だから一緒に帰ろうってなって
結果オーライならいいかなって……
私はそう考えちゃうな。

だって、毎回、誰かがこうしましょうっていうような、
役割分担っていうような、そういうことでもないし。

則子さん:
そうですよね!うん。
誰かがいれば、
誰かがいれば、それでいいなって。
今、聞いて、「ああ、そうか」って思った。

だって、役割とか「せねばならない」ってなったら
これから出かけるたびに
すごく重荷になっちゃうわけですよね。
その都度考えて、やってみればいい。

その日その時その場にいる人が
思いやりの中で、できることがあれば

* * * * *

進化した機器のおかげで便利になることもあれば、新たな不便さが生まれたりもします。年を重ねることで人の機能は変化するし、暮らしづらくなることもあります。でも、人の暮らしは、機能だけに支えられているわけではないのですよね。関わりあう誰かの存在が、暮らしを変えていくこともある。「いつでも」は難しくても、「いまなら」っていう時に、できることをやってみればいい。
則子さんの家から帰るとき、駅の切符売り場でタッチパネルと格闘している人を見かけました。――いまなら、声をかけることくらいはできる!「どこまで行かれるんですか?」

ここで紹介するお話は、「暮らしの中にあるひとりの人」の声をできるだけそのまま伝えることを目指しています。本人の言葉は極力編集していません。また、個人情報に配慮し、実名掲載の承諾を得られた人は実名で、それ以外の人については適宜改変した名前で掲載しています。

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*水谷佳子(みずたに・よしこ)さんは、
のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)の看護師。
1969年東京都北区生まれ、コンピュータプログラマー、トレーラードライバーなどを経て、2005年に医療法人社団こだま会こだまクリニック入職、2012年からNPO法人認知症当事者の会事務局、2015年にのぞみメモリークリニックに入職されました。
認知症がある人・ない人がともに「認知症の生きづらさと工夫」を知り、認知症と、どう生きていくかを話し合う「くらしの教室」を開催。「認知症当事者の意見発信の支援」を通じて、「認知症とともに、よりよく生きる」人たちの日々を講演等で伝えながら、「3つの会@web(http://www.3tsu.jp/)」という認知症の人が情報交換出来るウェブサイトの管理運営の支援もされています。

以下は、このweb連載をはじめるにあたっての、水谷さんからのメッセージです。


認知症に関連する仕事をするようになって、
認知症の生きづらさ、認知症をとりまく様々なこと、
認知症とともに生きることを考えるようになりました。
答えのない問いや悩みの中で希望を探すうち
「認知症を考えることは、自分の生き方を考えることだ」と
思うようになりました。
認知症をきっかけに、「よりよく生きる」ことを一緒に考えていきませんか?

【連載は隔月に1度、偶数月中旬の更新を予定しています】