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【Web連載】
認知症とともに、よりよく生きる 2
〜しのぶさんの場合 その2〜
水谷佳子
くらしの研究会(注1)でお会いした、しのぶさん。後日改めてお話を聞きました。前回に続いてその後半です。
* * *
■自信が欠落しちゃった
しのぶさん:
最初にここ(のぞみメモリークリニック)に来た時
メガネ忘れたんですよ。
そして、あくる日、土曜日だったかな、
取りに来ようとして、迷ったんです。
線路沿いと思いこんでしまったんですね。
どんどんどんどんね、
自信がないようで、あるみたいな感じで、
どこまで行っても辿り着かなくて。
住所のメモも持ってこなかったから。
1時間半歩いて、ようやくたどり着いて。
で、もう、やっぱり自分で危険だなと思ったんです。
それ以来……迷って以来、
気持ちが落ち込んだんですよね。すっごくね。
ああ、自分にはこういうことがあるんだなって。
もう、自分の家の周りでも散歩もできないのかな……とか。
娘にも言わなかった。
自信というものはね、
ある意味、誰もが生まれた時から意識なく持っているもの。
すごく能力があるとか、そういうことじゃなくて
普通に持っている、暮らしていく上での自信。
それが欠落した……そう感じた瞬間、がくっとなった。
何でもなく受け答えできて、
分かんないことは「分かんないわ〜」と笑いながら言える。
そういうのが、欠落しちゃった。
そういう自信が、欠落しちゃった。
病気になった、と確信したとたんに。
■世の中で、こういう風に受け止めて頂けたら
しのぶさん:
(認知症の)一番悪いことは、
普通の病気とは違うってことなんですよね。
たとえば、打ち明けられたとしても、
何となく、人にあんまり言っちゃいけないな……っていうの
ちょっとありますよね。
偏見とまでは思いませんよ。
でも、「ああ、お気の毒にねぇ」というかね。
この病気って、人嫌いとか……
人と交わろうっていう気持ちがなくなる……
そういうイメージだったんです。
昔、映画とかテレビなんかで、
ご飯プッと吐いたり
洋服着替えましょうねって言われて「嫌だ」って
そういうシーンがあったから。
いま思うと、それが一番恐怖だったんです、私。
この間の集まり(くらしの研究会)の時に、
こっちに座ってらした男の方ね。
一見、ぶすーっとして無愛想な感じで、
ほら、町内会なんかでそういうタイプの人、いらっしゃいますよね。
それが、とっても嬉しそうに話してらして
みんなと交わろうっていう気持ちが感じられた。
ああ、こんなに自分から話したくてしょうがない、みたいな。
彼だけじゃなくて、なんだか皆さん普通……。
それに、とても力強く生きていらっしゃる感じでしょ。
とっても感じよくお茶飲んでお話して笑いあって、
自然体で、リラックスしてらしたでしょ。
ああ、すっごく、本当に元気づけられた。
あれ以来、心が軽くなって。
ああいう風に、笑いながら
お歳の方も、女の方も、男の方も。
こういうこと言っちゃ、本当は失礼なんですけど
何回も同じ話されてた男の方、いらしたでしょ。
でも、聞いてる私たちも一緒に笑ってね。
その時に、こちらの感情としてね
「ああ……」って思わなかったから。
──同じ話を聞いても、嫌な感じはしなかったということ?
しのぶさん:
そうそう。こちらの感情は、ああ……ってならなかった。
話したいって気持ちが伝わってきて
聞くのも楽しくて、何度でも笑って、それが自然で。
そういう風に、自分で楽にとればいいのかなって思ったら
ちょっと、自分自身が楽になったんです。
どういう人たちと接しても、
自分の心が平穏、平安であればいい。
あの方がとってもヒントになったんですよ。
それでね、もしかしたら世の中で
こういう風に受け止めて頂けたら……って思ったんです。
病気っていっても、病気ってところにこだわらずに
ただ普通に、聞いていて下されば。
もし私が友人の中で、ああいう風に話しても、
あの時の皆さんみたいに受け止めて下されば。
ああいう風にって言い方、失礼だけど。
それに、自分自身が話したいっていう意欲を失わなければ
もしかしたら周りの人たちも、
この間の皆さんみたいに受け止めてくれるのかな。
そう思えたんです。
■家の中でね、ニコニコだけはしていようと思ったんです
──ハッキリはしたけど、がっくりきた…
しのぶさん:
やっぱり自分は、
(認知症になると)すっごい変わるっていうイメージがあった。
(認知症だと診断されて)ショックだったのは、
そういうイメージもあったからかもしれないですね。
人に迷惑かけたりね。
人にお茶かけちゃうとか。
自分の気持ちが……
もう私、ちょっと変わったのよ、
(認知症に)なっちゃったのよ、
っていう、暗い気持ちに……穴倉に入っちゃったみたいになった。
この歳(71歳)だと、
元気で現役の方も大勢いらっしゃいますしね。
自分は迷惑をかけられない、みたいな気持ちがね。
だけど、普通にしてればいいんだなって思えたんです。
自分でいまの自分を認めて。
そして、この間の皆さんみたいに、
おおらかに、ああいう感じでいけばね、
周りも楽ですからね、きっと。
気にして暗くなっていたら、周りも慰めようがないですもんね。
しのぶさん:
皆さん本当に明るく、笑ってねぇ。
だから私、自分が(認知症に)なって、
ずっと落ち込んでいて、暗いんですけど
本当は明るい方がいいんだろうなと。
家の中でね、ニコニコだけはしていようと思ったんです。
──そういう考え方って素敵ですね
しのぶさん:
いえいえいえ、できるできないは別としてね。
何かね、そう思いましたよね。
あの方たちは本当に生き生きしてらしたもの。
自分も、そうしていられたらって。
■人って、すごい
しのぶさん:
皆さん、(あの集まりには)ひとりでいらしてるんですよね?
ご家族の意思じゃなくてね。
それが素晴らしいと思ったんですよね。
だから独立心もあるわけですもんね。
──皆さんそれぞれご自身で決めて、参加されてます。
しのぶさん:
自分が行きたいからっていう、そういうことなんですよね。
いつまでもエネルギーがあるっていう生き方、
いいですもんね。
それって、つくってできるものでもないから
人って、すごいなって思いましたよね。
大袈裟かもしれないですけど、初めてそう思いました。
人ってすごいなって。
今まで、知識の多さなんかがすごい、って人と出会っても
そんなに驚きはしなかったですよ。
でも、自分がこんなになった時に
少し笑顔の出る生活をしようかって思える…
そういうエネルギーを感じさせてくれる人たちがいる。
人って、すごいなって。
──それはやっぱり、出会ったり話した人だから感じる、得られるものなんでしょうか。読んだり聞いたりするのとは違う?
しのぶさん:
その人がいるから、だと思いますよ。
エネルギーを感じるって、人がいるからなんですよね。
その人と話したり、笑ったり、一緒に過ごすからなんですよね。
■それはね、やっぱり、いじけちゃうのよ(笑)
しのぶさん:
私は以前から、いつもいつも笑う方じゃないんですけど
ああいう場にいると、つい誘い出されるように笑顔にね。
そういうの、大事ですよね。
自分も、そういうのが……気持ちが残っててね。
気持ちとか、感じる心が死んじゃったらあれだしね。
私の母のことなんですけど、亡くなる1年くらい前から、
楽しいって気持ちがなくなったように見えたんです。
何というか、楽しいとか嬉しいとか、よい感情がね。
つまんないというか、落ち込んでるというか……。
生きる力がなくなって、
生きないでいいって決めたみたいな亡くなり方だったって
ちょっと思うんですよね。
それは、やっぱり、母にとってもですが
残った者にも悲しい。ずっと引きずりますもん。
笑いあえるとか、お互いにおしゃべりしていい時間を過ごすとか、
おごった言い方だと、支える力もあるとかね。
もう、自分には、ほとんどないのに……
でも、もしかしたらあるかも。
そういうのが力になるのかもしれませんね。
されるだけっていうのは、私も、若い時から苦手だったから。
そうなったら自分は終わりだって思ってたから。
──生かし生かされ、じゃないですけど、受け身だけじゃないやりとりが……
しのぶさん:
そうですよ。自分がちょっとでもね。
そういうあったかいものが一番大事かもしれませんね。
若いときは、「何ができるか」が大事だったりして
そういうあったかいものを、それほど意識しなかったですからね。
やっぱり「できた方がいい」って思ってましたし
「できる喜び」みたいなものがありますからね。
それがあるから、若いうちは伸びるんだろうと思いますし
それを見て喜んでいるのが年寄りの役目かもしれないし。
でも実際、それだけじゃないっていうか……
年寄りになって、がっかりすることもあって。
いま、こんな風になってね、うん。
でも、ひがまないことですね、きっと。
ちょっとひがんでましたもん、私。
いじけてるというか……
変な言い方だけど、もう私は年なんだとかね。
でも、そうじゃなくて、これはできるからやろうとか
やっぱり自分で力を出して……
自分が生きようとすることが大事なことなんだなって。
しのぶさん:
今日、カレンダーにマル印書いてあったんですよ。
(マル印は出かけることのサイン)
ただ、やっぱりあれね、悲しいかな
(今日出かけるのは)本当だろうかって思っちゃったもんだから
ちょっと不安になっちゃって。
「何が」って丁寧にメモしとかなきゃって思いました。
「何時にどこ」だけじゃね。
──かえって不安になっちゃうかもしれませんね。
しのぶさん:
そうなんですよ。
娘にも、
「お母さんこの間(クリニックに)行ったのに、また行くの?」
なんて言われるとね、
あわわ……また何か間違って書いたのかと思っちゃって。
ちょっと丁寧にね、ひと言メモしておけばね。
──ドキっ!とするのは少ない方がいいですもん。
しのぶさん:
あらあらあらってなるとね、
それはね、やっぱり、いじけちゃうのよ(笑)。
■たぶん私も、自分が病気にならなければ
しのぶさん:
今まで、あまり、人に思いやりとか持たなかったように思うんです。
以前から行っている集まりでは
90(歳)になった方もいらして、少し話がぎくしゃく……
さっき言ったのに、何度も同じ、何度もね。
その頃は、自分に経験がなかったんで、
こういうことって、お歳になると起きるんだなぁって。
かわいそうだなぁぐらいに思ってたんです。
いま思うと、やっぱり、それを本人が意識する時代、
本人が、気になさるのだろうなぁとね。
私も、こちらで皆さんと会わなければ、どうなっていたかと。
やっぱりこういうところに繋がってるから
明るくて、笑って、皆さんそんな風になられたんですかねぇ。
──私の隣にいた女性、出会ったころは全然笑顔じゃなかったんです。もう、何ていうのか、硬い表情っていうか。
しのぶさん:
あの方ね、ニコニコしてらしてね、いいですよね。
分かりますよ。自分自身そういう感じでしたよ。
笑うことなんて忘れてしまっていましたから。
表情を失ってしまった、固まってしまったっていうかね。
──あの方と最初にお会いした頃は、この病気のこと、ショックな気持ちとか、これからのことを話しあえる人がいなかったんですって。ご主人は病気のことご存じでしたけど、ご主人はどっちかっていうと彼女が病気だっていうのを認めたくないっていう……そういう気持ち、あるじゃないですか。
しのぶさん:
ああ、うちなんかも、そう。
でね、「気にしないでいいよ」みたいな。
「そうでもないよ」とかねぇ。
そういう風に、ねぇ!
なぐさめてるつもりなんだろうけど
何か、突き放されてるような感じがねぇ。
──彼女もそうだったんです。
しのぶさん:
ああ、そうですか……。
その……、主人が悪いってわけじゃないんですよ。
でも、やっぱり、なった者の気持ちっていうのは
分からないのよね。
というか、人によるんですよ、
あなたは健常者でしょ、でも、分かって下さる。
そういう方って、なかなか周りにはいらっしゃらないじゃない。
そうすると、やっぱりね
ちょっと変な慰めっていうか、そうなっちゃう。
たぶん私も、自分が病気にならなければ、
主人と同じようなこと、してたと思うんです。
「心配しないで大丈夫よ」とかね。
だから余計に、そういうことじゃないっていう気がするんです。
なり立てだから、生意気なこと言えないけど(笑)。
もしあの方が、そんな風に落ち込んでらっしゃる時期があったとしたら
今は、人を勇気づけられる立場になられていると思うわ。
* * *
いま、こうして、しのぶさんの言葉を改めて追いながら、しのぶさんと交し合ったものを文字で伝える限界を感じます。
「人って、すごい」。
しのぶさんと過ごした、かけがえのない時間を記すことで、しのぶさんの「何か」が読者の皆さんに伝わることを願っています。
(注1)「くらしの研究会」
のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)で月に1回、不定期に開催。認知症がある人だけが集まって話し合う。その時々の参加した人の気分と雰囲気で話題もさまざま。
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*水谷佳子(みずたに・よしこ)さんは、
のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)の看護師。
1969年東京都北区生まれ、コンピュータプログラマー、トレーラードライバーなどを経て、2005年に医療法人社団こだま会こだまクリニック入職、2012年からNPO法人認知症当事者の会事務局、2015年にのぞみメモリークリニックに入職されました。
認知症がある人・ない人がともに「認知症の生きづらさと工夫」を知り、認知症と、どう生きていくかを話し合う「くらしの教室」を開催。「認知症当事者の意見発信の支援」を通じて、「認知症とともに、よりよく生きる」人たちの日々を講演等で伝えながら、「3つの会@web(http://www.3tsu.jp/)」という認知症の人が情報交換出来るウェブサイトの管理運営の支援もされています。
以下は、このweb連載をはじめるにあたっての、水谷さんからのメッセージです。
認知症に関連する仕事をするようになって、
認知症の生きづらさ、認知症をとりまく様々なこと、
認知症とともに生きることを考えるようになりました。
答えのない問いや悩みの中で希望を探すうち
「認知症を考えることは、自分の生き方を考えることだ」と
思うようになりました。
認知症をきっかけに、「よりよく生きる」ことを一緒に考えていきませんか?
【連載は隔月に1度、偶数月中旬の更新を予定しています】
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