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【Web連載】


『家族性分業論前哨』広告・3 連載:予告&補遺・19

立岩 真也  (2013/09/19)
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  『現代思想』39-17(2011-12臨時増刊)が、「臨時増刊号 総特集:上野千鶴子」だった。そこに掲載された「わからなかったこと、なされていないと思うこと」という文章からの引用を、同時期に出た『家族性分業論前哨』の広告として連ねている理由については前々回をご覧ください。
  今回は前回の引用の続き。以下。文献は略。『現代思想』まだ売っているので、全体を見たい人はどうぞ。

 ――以下――

「■差異が曖昧であること
  『ケアの社会学』がケアを受けるのは「権利」だと言っているとさきに書いた。『家父長制と資本制』も結局は「子が育つ権利」といったことを言うから、おおまかにはその線を、つまり前節で後者βとした道を行くことになるはずだ――本誌でさせてもらった対談も(上野・立岩[2009])おおむねそういう方向の話だったと思う。だがとくに一九九〇年の本では、その間に様々がはさまっていて、わからなくなってしまっている。逆順で言えば、その途中の余計な部分を省けば――そして、代わりに別のことを考える必要があると述べてきたのだが――権利として主張してきたのだから、後者の立場にいるはずである。ただそのわりにはその二つの間の差異に敏感ではないという印象を受ける。
  『ケアの社会学』の「帯」には「超高齢社会における共助の思想と実践とは何か」とある。帯は、たいがい出版社が(著者に委ねると派手な文言にならないので)つけるから、ときに(著者にとって)思いがけないことが書いてある。実際に本文に書いてあることはもっと慎重なことではある。後半で取り上げられている様々な「非営利民間」の組織・実践にしても、著者自身――は調査がきらいでなくきちんとするという意味では、実は普通にまともな社会学者である――が、それ自体を肯定し賛美しているというわけではない。ただ、その上でその対象に思い入れはそれなりにあるようではあり、話は、おおまかには、最初で「権利」だとした上で、後半に流れていってはいる。皆が気づいているなら、言うまでもないことで略せばよいのだが、その不連続がわからない人、感づいてはいるがはっきりしない人がいるもしれない。ここで軽く歴史に触れた方がよいと思う。
  まずそうした組織は、介護保険の制度ができる前、本人(多くは高齢者)、でなければ(たいがいは)家族がいくらかを払い、介助(介護でもケアでも、言葉ははなんでもよい)をする人がすこし受け取るといった組織・活動として始まった。その頃に「共助」といった言葉、「住民参加型在宅福祉サービス」といった言葉も現われ、そして普及していった。
  『当事者主権』(中西・上野[2003])という共著書、『ニーズ中心の福祉社会へ』(上野・中西編[2008]、何年か研究会をやってできたもので、私も加えてもらい、立岩[2008]を書いた)という共編著のある中西正司(たち)が、一九八六年に日本初のと自称する「自立生活センター」――この語を含む「看板」を最初に掲げた組織であればその一年前に「日本自立生活センター」(京都市)が設立されている――「ヒューマンケア協会」(東京都八王子市)を立ち上げる前、ちょうど上野の本の後半で取り上げられているような組織が現われ始めた時期、組織設立のための下調べということで、「神戸ライフ・ケアー協会」(後に民主党の国会議員になる――さらにその後、日本国の竹島領有権放棄を求める共同宣言に署名して離党する――土肥隆一らが始め、今も活動している)への聞き取りに私も付き添ったことがある。そして中西らが立ち上げた組織は、実際、利用者と介助者の双方を登録し、その間を調整するというそのやり方を採り入れたものだった。そうした組織が全国に作られていく。
  ただ、そのように参考にした方の組織は、本人、でなくても(多くは)家族が、わずかであっても支払える人たちのものであったのに対して、それらの組織を参考にして立ち上げられていった「自立生活センター」と呼ばれる組織に関わりまた利用する人たちは、この社会においてはもともと金がないから、また家族に頼らないことにしている人たちだったから、そして理念として――ここは内部でも必ずしも一様ではないのだが――「公的責任」を言っていたから、そういう組織を作って運営すると同時に――というのは正確でなく、それ以前から、一九七〇年代から――「公的介護保障」を求めてきた。そして、実際にどれほどまともに取り組んできたかはさて置くとして、介助者に暮らせる額が支払われることを当然とした。それが組みあわされた。つまり、政府に金を出させて、後は自分(たち)が運営するという仕組みを作っていった。
  ではそれと、二〇〇〇年に始まった介護保険とその「受け皿」の一部になっていった民間団体との組み合わせとは同じか。実態としてどれほど違うかはさておき、違う。障害者たち、その人たちの組織(の一部)は、介護保険に――というよりその制度に自分たちが組み入れられることに――反対し、その後も攻防が続いた(その一部については立岩[2010b])★05。それは単純には、その制度では供給が絶対的に不足することがわかっていたからだった。ただその不足は、それを帰結させてしまう仕組みとしてそれが「共助」のかけ声のもと、「保険」として示され、実際にそういう制度であったからである――とまで言えるほどのものであるかも、実際にその保険によってまかなえる部分はずいぶん限られているのだから、怪しいのではあるが。
  ここにある差異は無視すべきでない。『ケアの社会学』の前半は、中西――彼の話はずいぶんすっきりしているから、大きくはその流れの中にいる人たちも、実際にはそんなに単純でないと思うはずだが、それにしてもすっきりしていること自体は悪いことではない(そしてそのすっきりはっきりしていてせっかちでもあるところであの二人は共著など出して来れたのだろうと思う)――たちの主張(β)に沿う話になっているが、後半の調査報告篇は、それと共通な部分はありつつ、それ以前からあって、一九八〇年代から二〇〇〇年をまたいで形成され定着していく「改革派主流」の流れの中にある、と大きくは言える。『家父長制と資本制』の前半と後半で書かれていることが異なる――そして後半、歴史を辿った「分析篇」の方がもっともな話になっている――のとはまた違った意味で、二つの流れが二つの部分に連続して置かれ、一書になっている。分けられる部分は分けた上で、ものを考えて言った方がよい。とくにここではそれが大切だと私は思う。
  「社会化」を言い、「改革」を推進する人たちによって、それは実現された。そうしてできたものは、ないよりはよい、とは言えよう。そのような但し書きも幾度か書いてきた。ただここでも何と比べるかである。そして、ここで起こったことは、ときに看過されるのだが、大きな変化だったと私は思う。しかし、いつのまにか、それが普通のことになってしまった。「新自由主義者」たちによってではなく、「改革派」である心優しい人たちによって、保険会社でもできるようなことをなすのが政府であるということになった。このことを、高齢者医療・福祉に即して立岩[2009]で、税制に則して立岩・村上・橋口[2009]で、他、幾度か述べてきた。(しかも、その制度の具体像は、それに様々な業界の様々な利害が入り込むこともあって、怪奇な形姿のものとなっている。)このような地滑りを、肯定しても否定してもよいが――私は否定するが――少なくともわかっておいた方がよいし、わかるように書いた方がよい。そしてそれは、もちろん働き手のことにも関わる。

★05 一九七〇年代からの運動・政策の動向については立岩[1990a][1995]があるが、新しい章の方にしても一九九五年までのことしか書かれていない。本来なら第三版を書くべきなのだが、時間も何もなく、私はできていない。そして他の文献も多くない。それでも岡部[2006]があり、そして、近年の動向を紹介し、私が簡単にすませたところをより詳しく記している渡邉[2011]が重要であり有用である。

   ――以上――

 以上は、『家族性分業論前哨』の中心的な主題ではないけれども、大切なところだと思っている。全共闘世代は国家がきらいだ。では「共」となるか。それは違うだろう。そのことは、その本の第4章「〈公共〉から零れるもの」にも書いた。その章のもとになったのは2005年3月の「公共哲学フォーラム」という場での報告だった。この「フォーラム」の関係で、しばらく、東京大学出版会から「公共哲学」のシリーズが出ていた。今調べたら第1期10冊、第2期5冊、第3期5冊と20冊も出ているようだ。一つひとつのことは知らない。ただ、全体として、「公」でも「私」でもない、では「共」だ、という、きわめて単純なかまえでできているフォーラムであり、シリーズである(あった)。私はそこに2度呼ばれたが、2度とも悶絶、まではいかなったけれども、なかなかストレスフルな場だった。収録したのはその2度目のもので話したその記録。「フェミニズム」の企画で、それもその東大出版会のシリーズの一冊になるということで、それで校正もしたはずだが、その出版の企画は、とくに知らせもなく立ち消えになった。呼ばれたメンバー(私もその一人)といつもの(そのフォーラムの中心)メンバーとの間の(様々な)乖離がはなはばだしく、議論が議論として成立しなかったから、なのか、そういう理由からではないのか、それはわからない。ただ、このときの話は、健康にはよくなかったが、怒りにまかせて、というか、それなりに言いたいこと(言わざるをえないこと)、大切なことを言っているとは思う。ご一読いただければど。

文献(その『現代思想』臨時増刊号の原稿の全体の)

安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也 1990 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』、藤原書店
―――― 1995 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 増補改訂版』、藤原書店
ヒューマンケア協会地域福祉計画策定委員会 1994 『ニード中心の社会政策――自立生活センターが提唱する福祉の構造改革』、ヒューマンケア協会
三井さよ 2004 『ケアの社会学――臨床現場との対話』、勁草書房
中西正司・上野千鶴子 2003 『当事者主権』、岩波新書
岡部耕典 2006 『障害者自立支援法とケアの自律――パーソナルアシスタンスとダイレクトペイメント』、明石書店
千田 有紀 編 2011 『上野千鶴子に挑む』 、勁草書房
進藤雄三・黒田浩一郎 編 1999 『医療社会学を学ぶ人のために』、世界思想社
立岩真也 1990a 「はやく・ゆっくり――自立生活運動の生成と展開」、安積他[1990:165-226]→安積他[1995:165-226]
―――― 1990b 「接続の技法――介助する人をどこに置くか」、安積他[1990:227-284]
―――― 1994a 「夫は妻の家事労働にいくら払うか――家族/市場/国家の境界を考察するための準備」、『人文研究』23:63-121(千葉大学文学部紀要)→立岩・村上[2011]
―――― 1994b 「労働の購入者は性差別から利益を得ていない」、『Sociology Today』5:46-56→立岩・村上[2011]
―――― 1995 「私が決め、社会が支える、のを当事者が支える――介助システム論」、安積他[1995:227-265]
―――― 1999 「資格職と専門性」、進藤・黒田編[1999:139-156]
―――― 2003b 「家族・性・資本――素描」、『思想』955(2003-11):196-215→立岩・村上[2011]
―――― 2005 「書評:三井さよ『ケアの社会学――臨床現場との対話』」、『季刊社会保障研究』41-1:64-67
―――― 2008 「楽観してよいはずだ」、上野・中西編[2008:220-242]
―――― 2009 『唯の生』、筑摩書房
―――― 2010a 「BIは行けているか?」、立岩・齊藤[2010:11-188]
―――― 2010b 「障害者運動・対・介護保険――2000〜2003」、『社会政策研究』10:166-186
―――― 2011 「書評:中沢新一『日本の大転換』」、『東京新聞』『中日新聞』2011-10-9
立岩真也・堀田義太郎 2011 『ケア労働――論点・展望』(仮題・近刊)→2012 『差異と平等』,青土社
立岩真也・村上潔 2011 『家族性分業論前哨』、生活書院
立岩真也・村上慎司・橋口昌治 2009 『税を直す』、青土社
立岩真也・齊藤拓 2010 『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』、青土社
上野千鶴子 1990 『家父長制と資本制――マルクス主義フェミニズムの地平』、岩波書店→2009 岩波現代文庫
―――― 2003 「「ジェンダーの正義と経済効率は両立する」か?」、『現代思想』31-1(2003-1):74-79
―――― 2009 「著者解題」、上野[1990→2009:419-457]
―――― 2011 『ケアの社会学――当事者主権の福祉社会へ』、太田出版
上野千鶴子・中西正司 編 2008 『ニーズ中心の福祉社会へ――当事者主権の次世代福祉戦略』、医学書院
上野千鶴子・立岩真也 2009 「労働としてのケア」、『現代思想』37-2(2008-2):38-77
Van Parijs, Philippe 1995 Real Freedom for All-What (if Anything) Can Justify Capitalism?, Oxford University Press=2009 後藤玲子・齊藤拓訳、『ベーシック・インカムの哲学――すべての人にリアルな自由を』、勁草書房
渡邉 琢 2011 『介助者たちは、どう生きていくのか――障害者の地域自立生活と介助という営み』、生活書院
吉田民人 1991 『主体性と所有構造の理論』、東京大学出版会


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■生活書院の本×3

◆立岩真也・村上潔 2011/12/05 『家族性分業論前哨』,生活書院,360p. ISBN-10: 4903690865 ISBN-13: 978-4903690865 2200+110 [amazon][kinokuniya] ※ w02, f04
◆安積 純子・尾中 文哉・岡原 正幸・立岩 真也 2012/12/25 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』,生活書院・文庫版,666p. ISBN-10: 486500002X ISBN-13: 978-4865000023 1200+ [amazon][kinokuniya]
◆渡邉 琢 20110220 『介助者たちは、どう生きていくのか――障害者の地域自立生活と介助という営み』,生活書院,420p,ISBN-10: 4903690679 ¥2415 [amazon][kinokuniya] ※ ds

『家族性分業論前哨』表紙    『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』表紙    『介助者たちは、どう生きていくのか――障害者の地域自立生活と介助という営み』表紙