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【Web連載】


『私的所有論』の登場人物・1(「視労協」関係)
連載:予告&補遺・21

立岩 真也  (2013/10/10)
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  この8月、共同連(1984年結成、差別とたたかう共同体全国連合→(NPO)共同連)の大会が新潟であるから話をせよという依頼をいただいて、話をさせてもらった&本の行商をしてきた。(『生の技法 第3版』買っていただきました。(それからすこし関係した話をしたもので、『ベーシックインカム』もっていった分なくなりました。深謝。まだたくさんありますけれども。)
  そこで、いまその代表を務めている堀利和さんにとてもひさしぶりにお会した。そしてその大会(初日)の終わった後の夜の飲み会の時の「のり」で、このたび、10月23日、私の勤め先で対談というかインタビューというか、させてもらうことになった。いまHPを見たら、「「共同連」における「共にいきる」ことを可能とする実践 対談企画」という題になっていた。。その話はまたその後で、ということにさせてもらうが、その堀さんは、かつて「視覚障害者労働問題協議会(視労協)」という、大きくはない(のはたしかだと思うが、どんなものだったのか、よく知らない〜今度の機会にうかがおうと思っている)組織に関わっていたことがあって、その組織の機関誌?に『障害の地平』というものがあった――組織もなくなり、『障害の地平』も終わりになった。どんないきさつだったかすっかりおぼえていないのだが、私はそれを講読していたことがあった。私が送ってもらっていたのは墨字の普通の文字の大きさのだった。はじめの方の号はどこかでコピーしたのだったかもしれない。それでその雑誌をとることにしたのかもしれない。
  それで『私的所有論』だが、その本の後半で、『障害の地平』に掲載された宮昭夫さんの文章のなかから幾つか引用させてもらっている――こないだその飲み会でうかがった話によると、亡くなられたのだという。
  そのことについては次回でということにして、今回は、堀さんと宮さんともう一人その組織・機関誌に関わりのあった人で、その本に出てくる人のことを。その共同連の大会にも参加されていたDPI日本会議奥山幸博さんである。このごろは「antisongenshi」という(「yoishi」という私たちがやっているMLとは別の)MLでいろいろと情報を提供してくれている。
  その奥山さんの発言を第6章「個体への政治――複綜する諸戦略」第3節「性能への介入」第3項「優生学の「消失」」のところにある注43で引用している。(なお【 】の中は第2版に当たって加えた部分。第2版は、こうしてどこを足したのかわかるようにした上で注だけにいくらかの加筆をした。本文は変えていない。その上で2つの「補章」を置いた。)

  「◇43 米本昌平は「戦後精神」をナチズムの否定と捉え、その精神が時間とともにいやおうなく摩滅している現在、ナチズムをただひきあいに出しても何も喚起することはないとして、歴史的事実を冷静にみることを提唱する。「戦後精神とは、日独伊枢軸国の徹底的な否定否認、とりわけナチズムを完全に埋葬することの決意であり、これをエトスとする一連の巨大な知的営為全体のことである。そしてそれは、まったく自然な心の傾きとして、もはや使命感というよりは、その生理から、ナチズムの暴力的体質やイデオロギーを厳しく糾弾した。いわば戦後精神とは、「狂気のナチス時代」という常套文句に微塵の疑いも差しはさまなかった精神である。」(米本[1989a:25]、他に戦後精神に言及しているものとしては米本[1987a:12-14][1987d:163-164][1987e:219-221][1989a:38-40,182-184,194-202][1992])。
  研究の態度について同意する。しかし「戦後精神」によるナチズムの否定とは何だったのか。その否定はどのような質のものとして存在したのか。「何人も人種・皮膚の色・性・言語・宗教・政治的意見・出身国・社会的門地その他で差別されない」という世界人権宣言(一九四八年、第三回国連総会で採択)、「人間は人間としてホモ・サピエンスの一種である」「精神的な特性で人種を区別はできない」「現在の科学では遺伝的差異が文化的差異の根拠だとする主張を正当化するものは何一つない」という「人種に関するユネスコ声明」(一九五〇年、ユネスコ本部で採択、米本[1989a:183-184])の中に、「能力」という項目はない。つまりナチズムの否定としての戦後精神があったとして、それは等しいこと、あるいは等しくなることが前提になっているのであり、それに対する誤認、偏見、それに基づく権利侵害を否定するということであって、ここで優生学の「本体」は対象化されていないし、否定されてもいない、とさえ言うことは可能なのだ。
  私は優生学の本体が問題とされるのは、少なくとも日本では一九七〇年前後からだと考えている。ファシズム、ファッショという言葉が何かを断罪する時の常套句として使われた時期はもっと長かっただろう。しかしその時に、優生学は本当にどこまで問題にされていたか。注44にいくつか例示したような作業がなされければならない。同時に優生学の何が問題なのかが問われなければならない。
  優生学をどう考えるかという問題の回避は米本自身について言える。

  「確かにナチ時代には、障害幼児の殺害計画が実行された。この意味で、障害者が絶対に許してはならない悪の極北としてナチズムを位置づけるのは正しい。しかしそれは秘密裏に行われた。であれば、このような事態を二度と許さない道は、どう考えてみても、あらゆる局面での徹底した情報開示(ディスクロージャー)と、手抜きのない討議であり、それ以外の道は考えにくい。わずかでも出生前診断を容認すること、もしくはこの技術自体に、優生政策と等価なものを認め力説する立場は、むしろ一種の社会運営に対する自信のなさの表明なのであると思う。もし、出生前診断を実際に用いる過程を検討してみて、具体的に人権侵害の恐れが想定されうるならば、その危険を封じるための仕組を工夫すればよいのである。」(米本[1992:115])
  「残念ながら障害者差別はいずれの社会にも厳に存在する。差別は、差別された側が差別と感じれば、それが差別である。こういう日常の悪との連続性を、胎児の選択的中絶の中に読み込むことを自然と感じる人間が多数である日本のような社会と、アメリカのような社会とは、当然、出生前診断に対する政策は違ってきてよい。」(米本[1992:116])

  このような認識を受けて、米本らの研究は、各国の政策立案、制定の手続き、過程を調査し報告し、そのあり方を勧告する仕事に移っていく。もちろんその仕事は疑いなく重要である。だが、右と同趣旨の文章が配布され、発言がなされた生命倫理研究会のシンポジウムで、フロアから次のような発言がなされた。

  「非常に誤った判断だとおもいます。なぜならこの言い方は、差別する側される側が共に、差別問題と向き合うことから逃げているときの発言なんです。自分は差別しているつもりじゃないけれども、あなたが差別しているというのならそうだろうということなんです。それは結局考えることをやめているんです。差別という問題について対話することを最初からあきらめている、拒否している判断なんです。…米本さん、どう判断されているか個人の見解をはっきり示していただきたい。「出生前診断は優生思想か」という問いかけで、「そうじゃない」と言われるのは、どこまでがそうではなくてどこからがそうなのかをはっきり言われないと、何をおっしゃっているのか全くわからないのです。」(奥山幸博氏【(二〇一三年時点でDPI(障害者インターナショナル)日本会議事務局次長】の発言、生命倫理研究会生殖技術チーム[1992:131])

  この指摘は全面的に当っている。自らの資質としてここで提起されているような問いに答えようとする仕事を好まないあるいはできないということはあるだろう。だとしても、こうした問いに答えようとする仕事を省いて、その先の問題だけを考えればよいということには決してならない。こうした曖昧さが「戦後精神」についての相当部分は当っている指摘、そして彼の記述全体を覆っている。」(『私的所有論 第2版』pp.449-451)

  その話をさきほどの飲み会で奥山さんにしたら、奥山さんは記憶にないとのことだった。文字化されているから覚えている(気がする)ということもあるのだが、私は、そのシンポジウムの場で二〇年前に現在の奥山さんとたしかに似ていた顔の奥山さんが話されたような記憶がある(ような気がする)。その「生命倫理研究会」というのは、文中に何度も出てくる米本さんが中心になってしばらくあった研究会で、私も参加させてもらっていた。(続く)



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『私的所有論  第2版』表紙    『受精卵診断と出生前診断――その導入をめぐる争いの現代史』表紙    『アシュリー事件――メディカル・コントロールと新・優生思想の時代』